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断れない、自分を犠牲にしてしまう。いい人でいることが自分を追い詰めてしまう

今回は断れない、人にノーと言えないの続きのような形になります。

いい人でいようとしてしまう・・・それは自分をよく思ってもらいたいからということではなくて・・ただ、断ることができない、つい自分を犠牲にしても人のために何かをしてしまう・・・そんな方もいらっしゃるかも知れません。

ある友人が、「子供の頃から「いい子」でいようとしてきた。そういう自分でいなければ、受けいれてはもらえない・・・ずっとそう思ってきたのかも知れない」、そう話してくれたことがありました。

その話を聞いた時に何だかよくわかるような気がしました。

自分に優しく、それが誰かへの優しさになる

何故その友人の言っていることがわかるような気がしたかというと、僕自身、どこかそんなところがあって。

子供の頃、特に10歳までに身に付けたものは、それは恐らく、子供なりに、生きてゆくために身に付けたもので、それが性格となる・・・そう指摘する心理学者もいます。

ただ、そうやって身に付けたものも子供の頃は必要なものであっても、大人になって、もう大人に頼って生きていかなくても済むようになった時に・・・

その子供の頃に身に付けたものが、何かのきっかけで自分を苦しめ始めるようになることもあるようです。

人生の前半では、一生懸命色々なことを身に付けてゆくことが大切で、ただ、人生の後半に入ってからは、それを少しづつ捨ててゆくことで生きることが楽になってゆく、そんなこともあります。

どうせ捨てるものを身に付けてきたなんて・・・と思ってしまいますが、身に付けることが大事で、そして、それを手放すこともまた、どうもこの短い人生というものの中では大事なことのようです。

冒頭の友人の話に戻りますが・・・

その友人は断れない自分であったり、つい誰かのために自分を犠牲にし続けてしまう自分、誰にでも優しくしなくてはいけないという自分に課してきた考え方を少しづつ捨てていった方がいいのかも知れないと、ある時、そう思ったそうです。

そして、そう思ってからは思い切って断るようになったり、自分を犠牲にして誰かのために何かをすることは時には大切なことと思いつつも、自分を犠牲にし続けることは結局は自分だけではなくて、相手のためにもならないと、そう思ったそうです。

優しさって何か?

優しさって何か?と考えてみると、それは相手の気持ちになれることであったり、相手の幸せを心から願うことであったり・・・色々なことが浮かんできます。

そういうものはどこからやってくるかといったら、自分の中から、だと思うんです。どこからかやってくるものではなくて、自分の中から湧き出るようなもので。

これは以前にも書かせていただいたことがありましたが、まず自分を大切にして、その自分を大切にする思いが溢れたものが、誰かへの優しさになるのかなと。

誰かに優しくしようと思って何かをしてあげること。

それは素晴らしいことだけど、もし、自分を押し殺していたり、我慢し続けていたりするのであれば、それは相手には優しいかも知れませんが、自分には決して優しくはないわけで。

だから、いつかはそういうことを続けていると自分を追いつめてしまう。
そうやってうつ状態になってしまった方もいます・・

本当の優しさとは・・・これだ、というものはないのかも知れませんが、ただ、少なくとも、まず自分が自分自身に対して優しい自分でいる必要があるのかも知れません。

そしてその思いをまず自分の中で溢れさせることが大切なんだと思うんです。

誰かに向けようとする優しさが、自分の中から溢れたものであれば、その優しさはいくら相手に向けても自分を疲れさせたりはしないもので、例え、その思いが返ってこなくて残念には思っても・・自分はそれでも笑顔でいられるのかも知れません。

自分に優しく。それがいずれは誰かへの優しさへと変わってゆくものだと僕はそう思っています。そういう優しさの形もあってもいいんじゃないかな、と。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
感謝です。