自分の力のなさにがっかりしたり幻滅して自己嫌悪に陥ったら
自分の力のなさであったり、一生懸命にやってみたけど、結局うまくできない自分にがっかりしたりして、自己嫌悪に陥ってしまう・・
そんなことがあるかも知れません。
物事をうまくできない自分にがっかりしてしまって、何だか無力感のようなものを感じてしまったり、自分が情けなく思えたりする。
そんな時は、どうやってこれから前に進んでいけばいいんだと、前が見えなくなったりします。
今回はそんな時、自分にがっかりした時に、何をどう考えたらいいか?また、どこからはじめたらいいのか?ということについて考えてみたいと思います。
自分の視点だけで見ない
自分の力のなさにがっかりする、自分に幻滅する・・・という方は恐らく、自分に厳しい方、多くのことを自分に求め、完璧を目指そうとする人・・・なのかなと思います。
言い換えると、自分に多くを求めるだけのもの、完璧を目指そうと思えるだけのものを「持っている人」なんだと思うんです。
勿論、自分自身でそんな風に思うことはないかも知れませんが・・
ただ、何かを持っていないと、自分にがっかりはできないものだと思います。
もしそういう方の場合は、自分の視点で自分を見つめようとすると、うまくいかなかった時に、自分を激しく責めてしまったりして、自己嫌悪に陥ってしまうことも、もしかしたらあるかも知れません。
こんな時必要なのは、自分の視点だけで見ないこと。もっというと、誰かの視点で自分を見てみることだと思います。
誰かの視点、それは誰でもいいと思うのです、お客様の視点でもいいし、上司や部下、または、友達の視点、観客の視点、ライバルの視点・・・
どれでもいいのですが、その時の自分に関係する誰かの視点で自分をもう一度見つめてみる。
例えば、今の自分を友達が見たらなんと思うだろう?
「情けない」
なんて思うだろうか?と。
恐らく、自分の視点と、誰かの視点で考えた時は、まるで違った感じ方になるのではないかなと、思います。
そうやって誰かの視点で自分がさっきまでがっかりしていたことをもう一度見てみると、評価がグンと上がる・・・ということはなくても、これまで自分なりにがんばってきたことであったり、これまで自分なりにやれることをやってきたことに気づくことがあるかも知れません。
そうやって、誰かの視点で自分をもう一度見た時、少しだけその自分への残念な気持ちのようなものを捨てられるというか、もう少しフェアな自分の見方と言いましょうか、そういうことができるのではないかなと、思います。
今の自分ができることから、もう一度はじめてみる
人は理想があるからこそ、自分があるべき姿というものを持っているからこそ、自分にがっかりしたり、幻滅するものだと思います。
だけど、いきなりそこに到達しなくてもいいと思うんです。
今は、完璧にできなくてもいい。
今、思い通りにできなくてもいい。
ただ、今の自分にできることから、はじめてみる。
うまくいかない。だけど、そこからスタートしてみる。
どんな人でも、みんな、そこから、うまくいかないところからスタートするものだと思うんです。
うまくいかない、だから、可能性があると思うんですね。
うまくいかなくて、がっかりするからこそ、それが力になります。
だけど、それは自分を責めるための理由にもなる。
自分にがっかりして下を向くのか、その先に広がっている自分の可能性を見ようとするのか・・・それ次第でそのうまくいかなかった出来事の感じ方は大きく変わるように思います。
どちらを選択するのか、それが大事なことなのだと思います。
期待を少し捨てて、違うものを目指してゆく
自分に幻滅する・・・それは自分への期待の高さがそうさせるのかも知れません。
自分に期待しなければ、幻滅することもないし、がっかりすることもない。
自分に期待する・・・それは何かを成し遂げようとしている時、何かになろうとしている時に浮かんでくるものなのかも・・知れません。
だから、何かを成し遂げようと思う限りは、自分への期待も、もしかしたら捨てられないのかも知れなくて。
でも僕は、自分の人生というものを大きな視点で見た時、何を成し遂げることだけが重要なことではないのかも知れないなと・・・ある時から思うようになりました。
何かを人生で成し遂げることも勿論、素晴らしいことだけど、今の僕は人生をどれだけ楽しむか・・・ということに興味があります。
それは以前の僕では考えられなかったことでした。
僕は挑戦することが好きでしたし、今もそれは変わっていません。
ただ、以前の僕は、挑戦の先にある何かを成し遂げることばかり見ていました。
それが目的になっていたから、本当は楽しいはずの挑戦そのものも、つまり過程というものを、気づいたら楽しめなくなっていることが多かったんです。
人生で何かを成し遂げる・・・それもきっと楽しいことに違いありません。
だけど、そこまでの挑戦という道のりの方にも実は楽しさが沢山落ちていることにある時、気づきました。
何故、自分はその道のりを楽しめなかったのだろうと、そして、それは何かを成し遂げることに執着していたからだろうなと、思いました。
以前にも書かせていただいたことがありましたが、僕は
「どれだけ頑張ってきたか?」
・・・と聞かれたら、その質問に答える自信はあったけれど、ただ、
「どれだけ楽しんできたか?」
・・・と聞かれたら、答えに困る、そんな人間でした。
そういう自分に気づいた時から、楽しむことそのものを人生の目標にしてみようと、そう思ったんです。(楽しい人生を生きるたった3つのコツ)
自分にがっかりしたり、自分に幻滅したりした時に考えること・・・の話から少しそれてしまったかも知れませんが、今の自分にがっかりした時は、それは、まだこの先に可能性があるということだと、思います。
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