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自分には価値がない?自分の「価値」は何をすれば感じることができる?

今回は自分には価値がないと思ってしまった時に考える3つのことの続きになります。

突然ですが・・・もし生まれてから誰にも会ったことなく、無人島に一人だけで暮らしていたら、自分に「価値」があるかどうかというのは考えないものだと思います。

ということは、自分に価値がないと感じることは対人関係の中で感じてゆくものだと思うんです。

それはまた、自分の「価値」を感じられるのも対人関係の中にあるということで。

本当の自分の「価値」は評価や承認の中にはない

自分の「価値」というと、どうしても人に認められること、もしくは人から評価されること、時には人よりも優れていることであったり・・・そんな中に見出そうとしてしまいがち・・・です。

ところが、人から認められることであったり、人から評価されることであったり、人に勝つことであったり・・・そんな中で得た自分の「価値」というのは、とてももろく、崩れやすいものであるように、僕はそう思ってきました。

人に評価されれば嬉しいです・・・だけど、人の評価はどうしてもわかれてしまうもので・・・ある人は評価してくれても、ある人は酷評してきたりする・・・

だから、人の評価の中に自分の「価値」を見出そうとすると、自分を見失ってしまったりする・・

人に勝つことで、もしくは人よりも優れていると感じることで自分の価値を見出そうとすると、勝った時、または自分の方が優れていると感じた時はよくても、負けた時や劣っていると感じた時は劣等感を感じてしまったり、みじめな思いをしたりする・・

評価されることであったり、認めてもらうことであったり、勝つことであったり・・・そんな中で得る自分の価値、または存在価値というのは、その時々で揺らいでしまいやすいもので、また、その中で感じるものというのは、自分の本当の「価値」とは違うモノなのかも知れません。

自分の「価値」を感じられなくなった時にできること

自分の存在意義や存在価値がないと思ったら考えるべきことでも書かせていただきましたが、自分の価値、もしくは存在意義というのは人に喜ばれた時に感じることができるものでもあると、僕はそう思っています。

心理学者のアドラーは自分が他者にとって役に立っている、貢献していると感じられた時、自分の価値を感じることができる、そう語っています。

このアドラーのいう貢献とは・・・大きなものだけではなく、小さなものも含めているようです。

例えば、ニコッと笑って相手と接することだけでも・・・(相手の)人は嬉しくなるものだと思います。

そんな小さなところからはじめて、そして、誰かのことを考えたり、人に喜ばれることをしてみようと思ってみることが、結果的には自分の「価値」を感じられる、自分には存在意義があるんだと思える心へとつながってゆくのかも、知れません。

「他者にとって役に立っている、貢献していると感じた」ことで実感できる自分の「価値」というものは、ちょっとのことでは揺るいだりしない、自分を下からしっかりと支えてくれる、そんなものなのかも知れません。

先程、アドラーの「貢献」のお話をさせていただきましたが、実は沢山貢献されているのに、そう思われていない、気づかれていない・・・そんなこともあるかも知れません。

だけど、人は自分が知らない所で、思わぬ形で・・・喜ばれている、もしくは貢献していることって必ずあると思うんです。

自分の「価値」がないと思ってしまった時には、そんなことに気づけるかどうかというのも大切なことなのかも知れません。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。
感謝。