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完璧主義の治し方。自分に完璧を求めすぎてしまうことに疲れたら?

自分にいつも完璧を求めてしまう・・・そんな方もいらっしゃるかも知れません。

いわゆる完璧主義と言いますか、そういう自分で来たけれど、そんな自分に疲れてしまった・・・ということもあるかも知れません。

そんな時にどうやったら、少しづつ完璧ではない自分を許してゆけるか・・・ということについて今回は少し考えてみたいと思います。

目次

1.完璧主義はどこで手に入れたものか?

完璧主義というのは、持って生まれたものも多少はあるかも知れませんが、その多くは生まれてから手に入れたもの・・・なのかも知れません。

どこで手に入れたかというのは人それぞれだと思うんです。

例えば、子供の頃に親に殆ど褒められることがなくて、テストで満点をとった時だけ褒めてもらえた・・・そんな時に、完璧な自分じゃないと褒めてもらえないと子供ながらに思ってしまって、それ以降、完璧を自分に求めるようになったという方もいらっしゃるかも、知れません。

完璧な自分でないと、褒めてもらえない、受け入れてもらえないと思ってしまったり、何でも完璧にこなそうとすることで、自分のアイデンティティーを守ってきたということも、もしかしたらあるかも知れません。

それは自分が自分であるために必要だったことなのかも知れませんし、完璧主義でいることで自分を守ってきたという方もいらっしゃるかも知れませんし。

少し話は変わりますが・・・

(いきなり矛盾することを言うようですが)僕は完璧を目指すことはいいことだと思ってます。

完璧主義を貫いて来られた方は例えば、仕事でもとても優秀な方が多いように思います。

ただ、もし自分に完璧を求めすぎてしまうことに疲れたら、少し生き方を変えてみるのも一つの方法かも知れません。

それでも完璧を目指すのは悪いことではないと思うんです。

ただ、完璧を目指して、不完全さを受け入れる・・・というか、完璧主義を少し手放すには、そういう自分の不完全さを受け入れるある種の勇気が必要なのかも知れません。

2.完璧じゃないから、魅力的

何でも完璧にこなすことは、素晴らしいことだと思うんです。

だけど、そのために自分の何かを犠牲にし続けたり、完璧を求めるあまり、自分を見失ってしまうようになった時は、その自分に課しているものを少しだけ手放してみたり、完璧にできない時の自分をその時々で少しづつでも許してみるということも必要なのかも知れません。

自分のアイデンティーというお話をさせていただきましたが、完璧であることで自分のアイデンティーを保ってきた・・・そんな方ももしかしたらいらっしゃるかも知れません。

完璧でいることで自分を自分が求めているような形で受け入れてもらえる・・・と思ってしまうと、常に完璧を求めなければ、対人関係の中で自分が自分ではいられなくなることもあって、辛いかも・・知れません。

また少し話は変わりますが・・・

ある方が「自分の弱さ、完璧ではないところに、人からの感情が流れ込んできたように思えた」・・・というお話をされていました。

そのお話をお聞きした時に、「なるほどなぁ・・」と思いました。

このお話は、自分の弱さとか自分の不完全なところに対して、相手からの愛情(であったり、または共感であったり・・・etc.)が注がれたように感じた・・・ということだったのですが、

人は不思議なもので、自分の弱さや自分の不完全なところを隠したくなるものだけど・・・だけど、人に対して心を強く惹かれるような魅力を感じるのは、その弱さや不完全さでもあるのかも、知れません。

完璧ではないから、支えたいと思い、
完璧ではないから、応援したいと思い、
完璧ではないから、共感できて、
完璧ではないから、魅力的、なのかも知れません。

3.手放すことは難しいけれど

完璧であろうとすることに疲れてしまって、もうそんな完璧主義なんて手放したいと思っても、実際に手放すのはとても難しいことだと思うんです。

何年も年十年も自分が自分だと思っていたものをすぐになんて手放せないし、それには時間がかかるかも知れません。

だけど、これは自分を変えるには?気づくと元に戻ってしまうのは何故?でご紹介したことと似ているかも知れませんが、意識してゆくことで何かが少しづつ変わってゆくことがあります。

意識して、少しづつでも完璧にできなかった時の自分を許してゆくこと、思うようにできなかった自分をそれでもいい、そこからはじめればいいと思うことであったり。

じゃあ、どこまで自分を許せばいいのか・・・ということですが、僕は70点主義を目指すのも一つの方法かなと、思っています。

それは人と比べてではなく、過去の自分と比べてではなく、自分の理想と比べてでもなく、ただ、今、その時の自分の力で70点だと自分で思えたら、それは満点という考え方です。

そして、残った30点の部分を少しづつでも許してゆきます。

もっとも、完璧な自分しか許せなかった方にはとても難しいことだと思いますが・・・そういう風に自分を少しづつでも、許し続けてゆくことで見えてくるものも僕はあると思っています。

4.完璧な自分ではなくても、受け入れてくれる人がいる

そして、もう完璧な自分ではなくても、受け入れてくれる人がいるんだと信じてみることも、完璧主義を手放してゆくためには大切なことなのかも知れません。

勿論、こういうあなたでなければ、受け入れない・・・という人もいるかも知れません。

だけど、そちらの方を見て生きるより、自分の弱さも含めてあなたのままでいいよと言ってくれる人の方を見て生きる方が、自分らしくいられるかも知れません。

そして、そういう人は世の中に必ずいます。

世の中の人の2割はそのままの自分を受け入れてくれる人達で、2割はそのままの自分ではだめだと言ってくる人達、残りはどちらでもない人達・・・と言われたりします。

「あなたのままでいい」と言ってくれる2割の人達を見て、残りの人達は諦めてしまうこともまた、完璧を求めすぎてしまう自分を手放す1つの方法なのかも知れません。

5.完璧にこなして、それでも疲れたりしない人がやっていたこと

話は変わりますが、何をやらせても完璧にこなして、だけど、それでもあまり疲れたりはしない人もいます。

そういう人は何が違うのだろうと思って、あれこれ話をお聞きしたことがあります。

すると面白いことがわかったのです。

そういう人は、例えば、仕事をやらせると、もうキッチリとしています。キッチリし過ぎているというか、細かいところまで、人がこだわらないようなところまでこだわっていたりする。

そういう人は仕事だけではなくて、自宅でもキッチリしていて、普通だとそれでは疲れてしまわないかなと・・思ってしまいます。

ところが、面白いことにそういう完璧に見えて、それでいて疲れ果ててしまったりしない人は、思い切り手を抜く部分を持っているようでした。

つまり、完璧にこなそうとする部分と、自分に甘く、意識的に手を抜く部分の2つを持っていたのです。

自分に厳しい部分もある。だけど、思い切り自分に甘い部分も持っている。

だから、バランスがとれているのかも知れません。だから、疲れても疲れすぎてしまうことはないというか。

もっとも、手を抜く部分を探すことも、全て完璧にこなそうとしている人にとっては難しいことかも知れません。

どうしても譲れない部分ってあると思うんです。

その部分はそのままに、どうしても譲れないわけではないけど、ちゃんとしなくてはいけないと思ってやっていたものに関しては、自分のために、少しだけ、自分に甘くなってみてもいいのかも知れません。

例えば、今よりももう少し肩の力を抜いて楽に生きたいと思った時、全体的にバランスがとれた人になろうとするのも一つの方法かも知れませんが、完璧を目指す部分は残しながら、自分に甘い部分も少しづつ作ってゆくことでバランスを取る、そういう方法もあるようです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
感謝。