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思い出し怒りが止まらない時に自分にかける言葉

もう何年も経っているのに・・・時々思い出してしまっては、怒りを感じてしまうこともあるかも知れません。

思い出し怒り・・・というのは本当に厄介なものだと思います。

以前に、思い出し怒りについての対処法を書かせていただきましたが、今回は、何故わざわざ思い出しては怒りを感じてしまうのか・・・?ということについて違った角度から考えてみたいと思います。

人は怒ることを「選択」している

怒りというのは、理由があって感じている感情なのだと思うんです。

そして、それはある意味、自分で選択しているもの・・・なのかも知れません。

例えば、ホテルのフロントでひどい対応をされた時に、怒りが湧いてきたとします。瞬間的なものなので、怒りは「勝手に」湧いてきたと思ってしまいます。

でも、実は、この「ひどい対応をされた」、「怒りが湧いてきた」の間にはほんのわずかですが、隙間があります。

何故なら、もし、「ひどい対応をされた」イコール「怒りが湧いてきた」であれば、誰もがこのようなケースでは怒ることになります。

でも、そうではない人もいます。

怒りというのは実は行動するために一番効率的なエネルギーを生み出してくれるものだと思います。この場合、ホテルのマネージャーに苦情を言う場合でも、苦情を言うのにはそれなりのエネルギーがいります。

人に文句を言うのって案外大変なものです・・。反論されるかも知れません。反撃されるかも知れません。

だから、そうならないように相手よりも大きなエネルギーが必要で、それを生み出すのが怒りなのだと思うんです。

だから、苦情を言うために、怒ることを選択している・・・というのが言えるのかも・・・知れません。

怒りは自分を守るために自分で選択しているもの

怒りというのは色々な理由で自分で選択しているものだと思うんです。

その中でも僕がよく思うのは、「自分を守るため」という理由です。

怒りは自分を守るために、自ら選択して感じているものだと思います。何かから、誰かから自分を守ろう、守ろうとしている時に感じているイライラはなかなか止めることができません。

その守ろうとしているものは自分自身であったり、自分のプライドであったり、自分の傷ついた心であったり、何かに怯える自分だったりするのかも・・・知れません。

その守ろうとするものは、「こういう自分でありたい」という自分に対するセルフイメージだったりすることもあります。

その守ろうとするものは、時に、自分の心の中に抑圧している感情だったりもします。

その嫌な感情が意識の中に上がってこないようにするために、あえて、もう終わったこと、もう過去のことなのに、思い出して怒りを覚える・・・そんなことがあります。

もし守ろうとするものが抑圧している感情だった場合、思い出し怒りの対象となっているものは、実は本当はどうでもいいこと、考えてみれば、小さなことであり、なんでこんなことをわざわざ思い出してイライラしているんだろう・・・と思うことがあったりします。

それは、本当に守りたいもの、考えたくない抑圧した感情があって、それをカモフラージュするために感じている怒りだから・・・かも知れません。

「何の目的があって、怒りを選択しているのか?」

過去のことを思い出して、イライラがとまらない時、いつも同じような思い出し怒りに苦しんだ時に、僕が自分にかける言葉があります。

・自分は何を守ろうとしているのか?
・何の目的があって、怒りを選択しているのか?

・・・そんな風に自分に向かって問いかけます。脳は問いかけにはすぐに反応してくれるので、何かしら、答えであったり、そんなものが見えてくることがあります。

それだけで思い出し怒りから解放されることもあります。

自分が守ろうとしているものがわかる、それだけで怒りは薄れてゆくものだと思います。

そして、その守ろうとしている自分や自分の何か・・・を見つけて、守ろうとすることをやめてしまうことができたら、本当の意味で思い出し怒りからは解放されるのではないかなと思うんです。

でも、それはなかなか大変なことだったりして、どうしても捨てられない思いのようなものもあって・・。

だけど、少しでも守ろうとする自分に気づいたり、ちょっとでもいいので、守ろうとすることをやめてしまうと、自分が楽になれるのではないかなと・・・僕は思っています。

いつも記事をお読みくださり、本当にありがとうございます。
感謝。