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自分を好きになれない。自分を好きになるために考えたい6つのこと

「自分を好きになれない。」
「自分で自分自身のことをいいと思えない。」

そんな風に思ってしまうこともあるかも知れません。

そんな時は何をどう考えたら、自分を好きになれるのか?

今回はそんなことについて考えてみたいと思います。

目次

自分のいいところ、100個書けるか?

突然ですが、自分のいいところ、100個これから紙に書いてくださいと言われたら書けますか?

自分を好きになれないという方はきっと書けないのではないかなと思います。

それはいいところがないからでは決してなくて、これまで自分のいいところを探してこなかったからかも、知れません。

自分の欠点ばかり探していたから、自分のいいところを探す時間がなかったのかも知れません。

人はもともと完璧にはできていなくて、言ってみれば欠点だらけの存在だと思うのです。

だから、自分の欠点を100個書いてくださいと言われたら、少なくとも僕は簡単に書けます。100個でも200個でもいくらでも出てきます。

そこを見て生きようとしたら、間違いなく自分を好きになんてなれないと思うんです。

だけど、自分は未熟なんだと思い切って諦めてしまった上で、いいところを100個探してみようと思って、はじめてみます。

100個書けるかの挑戦です。

自分が好きになれない。

その悩みは、その自分のいいところを100個書く挑戦が終えた時に改めて考えることにして、とりあえず、100個自分のいいところを理屈抜きでただ探してみる。

自分のいいところは世間一般で評価されているようなことではなくてもいいと思うんです。

小さなことでもいいし、自分が当たり前にできていることでもいい。

どうせなら、目が見えること、歩けること・・・そんな普段は当たり前に思ってしまうようなこともその100個のリストに入れてゆきます。

その100個目が書けた時に、自分が好きになれないという悩みは、もう悩みではなくなっているかも、知れません。

人は自分自身のことを全然わかっていない

人は自分自身のことを全然わかっていない。

僕はそう思っています。

たぶん、一生かかっても自分自身のことを全部わかることなんて到底できないと思うんです。

人は自分のことはわからないものだと思うんです。

自分のことも見えないのですから。鏡に映った自分は見ることができます。ただ、本当の意味で他人の視点で自分を見ることはできません。

自分の声だって本当の意味では、一生の間に一度も生で聴くことはできません。

録音された自分の声を聴くと「ええっ?これが自分!?」ってなることがあると思うんです。

自分が例えば、友人と話すところを録画して観てみると・・・かなりの違和感を感じたりします。

「えっ、こんな感じで話しているの?」って。

それらは、自分では自分のことをよくわかっていない証拠なんだと思うのです。

困ったのは、人間はもともと不完全な存在である・・・ということでしょうか。だから、欠点はもう至るところにあって、よく目につきます。

だけど、自分のいいところというのは、誰かに言ってもらうか、自分で「一生懸命探さないと見えない」のかも知れません。

ただでさえ、自分では自分のことをわかっていないのに、さらに、いいところとなると知らなくても当たり前なのかも、知れません。

「自分探し」という言葉がありますが、それはどこか遠くにある自分を探さなくてもいいのかも知れません。

それはどこかにある自分を探すこと以外にも、すでに自分の中にある、自分では一生懸命探さないと見えないものを探すことでもあると思います。

自分だと思っているものはきっと自分のほんの小さな小さな一部分でしかないのだと思うんです。

だから、これまで自分を好きになれなかったとしても、探そうとすれば、好きになれる自分はこれからいくらでも、見つかるはずです。

自分を好きになれる方を選んでゆく

自分を好きになるためにできることは、他にも色々とあります。

例えば、何かを選ぶ時、「こんな自分はまぁいいかな」と思える方を選ぶこと。

言い換えると、何かを選ぶ時、それを選んだ自分を嫌いになるような方は選ばないことです。

何か理不尽なことを言われた時、相手を否定するより、ニコっと笑って大人になる方を選ぶこと。

その時は嫌な気持ちにはなっても、そこで相手と同じレベルになって相手を否定しようとする自分より、大人になる方を選ぶ自分の方が、自分でもいいなと思えるなら、そちらを選んでみます。

そうやって、自分で自分のことを「こんな自分ならまぁいいかな」と思える方を選択し続けてゆく。

そして、自分のことを嫌いになってしまうような選択はしないことを続けてゆく。

そんなことを続けてゆくと、自分の中で何かが大きく変わってゆくこともあります。

「自分のいいところ」の探し方

話は変わりますが、誰かのことを好きだと思う時、人は何をしているかというと、その人の良いところ(または自分が良いなと思ったところ)に焦点を当てているのだと思うんですね。

例えば、人に優しいところ、とか。

笑顔が素敵なところ、とか。

反対に自分が好きになれない時は、少し焦点が当たる場所が違っていて、焦点は自分がダメだと思っているところに当たっていたりするかも知れません。

冒頭で、自分のいいところ100個書けるか・・・という挑戦をするということについてご紹介しました。

その挑戦が終わった頃には自分を好きになれないという悩みが、もう悩みではなくなっているかも知れない、と。

それだけ、自分のどこを見るのか、自分のどこに焦点を当ててみるのか・・・ということはセルフイメージ(自分自身に対するイメージのこと)を大きく左右するものだと思うのです。

だけど、それでも、(自分の嫌なところを放っておいて)自分のいいところなんて探せない・・・そんなこともあるかも知れません。

そんな時は、自分ではなくて、誰かの良いところを探して見る練習をしてみてもいいのかも知れません。

この人の良いところを探して見ようと思って、探してみる。

そんな風にして相手を見ていると、「あぁ、この人は友達思いなんだな・・」例えば、そんな風に思うこともあるかも知れません。

ところで、これは以前にもお話させていただいたことがありましたが、人は、自分の中にあるものを誰かの中にも見ようとする性質というか、特徴があります。

だから、「友達思いだな」と思った人も、「友達思い」なのかも、知れません。

自分の中にあるものが見えるわけなので。

逆に言うと、自分の中にないものはなかなか・・見えないわけです。

「優しさ」や「思いやり」を大切にしようと思っている人でないと・・・誰かのちょっとした「優しさ」や「思いやり」に気づくことができません。

自分の中にあるものしか、見えないからです。

だから、誰かの良いところ探しをしてみると、自分の良いところが見えてきます

誰かに見えたその人の良いところは、自分自身の中にもあるのかも、知れません。

そうやって誰かの良いところを探していると、自分の良いところが少しづつ、見えてくるかも知れません。

そこからまた先ほどの自分の良いところを100個書く挑戦をしてみてもいいかも知れません。

自分の良いところに焦点を当てる練習をしてゆくと、誰かを見る時にも自然と、その人の良いところに焦点が当たるようになります。

そうすることで、人間関係がうまくいくようになったり、対人関係で悩むことが少なってゆくということもあるかも知れません。

「こんな自分でも存在していいんだと思えた」

親御さんが離婚したことがきっかけで幼い頃に祖父母に引き取られた方がいました。

彼女は自分は愛されなかったんだと、自分は生まれて来なければよかったんだと、そう思って生きてきたそうです。

自分に存在する価値なんてない、と。

そんな風に思うことは、本当に辛いことだと思うのです。

だけど、彼女はある時、ちょっとしたことがきっかけで、地域のボランティアに参加することになった。

高齢者の方の手助けをするボランティア。

そのボランティアを続けていると、高齢者の方々から「ありがとう」と大きな笑顔で言ってもらえるようになった。

彼女は何かしてあげているという意識もなく、自分のためにやってみようと思ってはじめたことなのに、「ありがとう」なんて言って、喜んでもらって、感謝してもらって、とても嬉しくなったそうです。

そして、そんなことを続けているうちに、「こんな自分でも存在していいんだ。」と思えた、「自分が好きになれた」そうです。

喜ばれると、嬉しい

喜ばれると、嬉しい・・・というのは、どうも人の心に刻み込まれたプログラムのようなものなのかも、知れません。

だから、何か楽しめないと思った時は、何か結果を出すことで楽しもうとすることがうまくいかないような時は・・・

うまくやろうとすることより、喜ばれることをしようと思ってみると、それが自分自身の大きな喜びにつながってゆくことがあります。

自分のためでいいと思うんです。何かをやるのは。

だけど、そこに少しだけ、誰かに喜んでもらいたいという気持ちが入った時、何かが変わってゆくことがあります。

そして、そうやって誰かに喜んでもらえた時、そんな自分を好きになれたりするのかも知れません。

最後まで記事をお読みいただいて、ありがとうございました。
感謝。