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正義感が強い(強すぎると)と自分を傷つけてしまう

「正義感ってなんですか?正義感は持っていない方がいいですか?」

そんな風に聞いていただいたことがあります。

正義感は持っていてもいいと僕は思います。それ自体は悪いことではないと思いますし、ある程度は誰もが持っているものだと・・・思うんです。

ただ、正義感が強すぎるために、他人にイライラしてしまったり、自分が苦しいようであれば、それは持っている正義感を少しだけでも捨てた方がよいのかも知れません。

でも、全くゼロにした方がいいというわけではなくて、自分が苦しくならない程度にすることができたらいいのだと・・・思います。

正義感とは?

正義感を辞書で調べると「不正を憎み、正義を尊ぶ気持ち。」・・・とあります。

この不正を「憎む」というところ・・・が強すぎると自分をどうしても傷つけてしまうものだと・・・思うんです。

正義感というのは、自分が正しくて、相手が間違っていると思った時に感じるものです。だから、正義感を感じた時は(その気持ちが強すぎてしまうと・・)誰かを責めたり、糾弾しようとしてしまうことも、もしかしたらあるのかも知れません。

その誰かを「憎む」とか、糾弾しようとすることによって、自分も辛くなることがあります。

誰かを憎んだ時にやってくる感情は相手も自分も傷つける、諸刃の剣のようなものなのかも・・・知れません。

だから、もしかしたら、自分のために少しでも正義感というものを手放せたら・・・自分が楽になれるのかも知れません。

正しいことを気にしなくなったら、悩みから解放された

僕は以前、小さなことで悩んでしまうことが多く、そんな自分を変えたくて、精神世界の本を読み漁っていた時期がありました。

ところが、そういう本を読めば読むほど、他人にイライラするようになっていったのです。

他人が許せなくなっていった。それは「正しいこと」を相手に無意識の間に求めていたから・・・かも知れません。

僕は本の中で何が正しいのかを見つけようとしていたんです。それを実践すれば悩まなくても済むようになるだろう・・・と。

でも、「正しいこと」を学べば学ぶほど、イライラするようになっていきました。(それは本が悪かったわけでは決してなくてどれも素晴らしい考え方が書かれていて、原因は僕の受け取り方、正しいことを探そうとしていたことにありました)

それである時に気づいたんです。正しいことを求める代わりに、もっと自分に甘くなった方がもしかしたら、人も自分も許せるのではないか・・・と。

僕は欠点だらけです。でも正しいことを学ぼうとしていた頃は、欠点を克服しようと必死でした。

でも、欠点なんて誰にでもあって当然ではないか・・・と。人間なんだから、機械じゃないんだから、完璧でもないし、勘違いもするし、ミスもする。

自分にはあんな欠点もこんな欠点もある。でもそれはもう認めてしまおう。諦めてしまおう・・・と思ったんです。

そうやって「正しいこと」を捨ててしまって、自分に甘くなろう、そんな自分を許してみよう・・・そう思いはじめるようになってから、他人も許せるようになっていったんです。

良い加減になってみる

正しさを追い求めた結果、相手に対して憎しみを感じてしまう。だから正しさを求めるほどに、人生が重く苦しいものになってしまうこともあるのかも・・・知れません。

もしそうだとしたら、少しだけいい加減に生きてみてもいいのかも知れません。

いい加減とは、「良い加減」という意味です。良い加減って何かと考えてゆくと、それはバランスが取れている・・・ということなのかな・・・と思うんです。

それは、極端ではない・・・ということかも知れません。

何かを判断する時も正しいとか、正しくないか・・・というのをやめてしまうと、自分が楽になれると僕は思っています。

勿論、正義感そのものはあってもいいと思うんです。不正を許せない、そういう強いお気持ちで世の中のために何かをされていらっしゃる方もいて、そういう方のお陰で救われている方もいて、それは本当に素晴らしいことだと思います。

でも、その気持ちが強すぎて自分が苦しんでしまうようであれば、少しだけ自分にも他人にも良い加減になってみると、自分が楽になれるのではないかなと僕は思っています。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
感謝です。