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友人に依存してしまう、求めすぎてしまう心を捨てる

「私は友人に依存しすぎているのでしょうか?」

ある方からそんなお話をしていただきました。彼女は普段は自分の弱さを見せたりはしない人で、人に甘えるのも下手だけど、人が自分に甘えてもらうのは嬉しいのだと言います。

だから、友人が困った時にはどんなに自分が忙しくても、相談に乗るし、予定がきつくても、無理にでも時間を作ってその友人のために親身になって話を聞いたりしてあげるそうです。

でも、人は誰でも弱さだってあるわけで、自分が相談にのって欲しい時だってあると思うんです。話を聞いてほしいことだって、やっぱりあって、どんなに強い人だと思われていても、その人にもそんな時があるわけで。

そんな時、彼女も勿論、ご友人に相談されるそうですが、ご友人の方も、忙しかったりすると、彼女がいつも友人達にやってあげるようにどんな時でも予定を作ってくれる・・・なんてことはなくて、わかってはいるけど、それをどこかで寂しく感じているのだと言います。

そういった寂しさは当たり前の気持ちだと思うんです。でも、彼女の場合はそれによって深く落ち込んでしまうほど、思い詰めてしまうほどの寂しさ・・・なのです。

そうなってしまうことが友人に依存していることになるかどうかはわかりません・・・でも、相手に求め過ぎてしまって、自分が苦しんでしまうようであれば、それは、その心は捨ててしまった方がいいのかも、知れません。

何故、友人がしてくれなかったことに寂しさを感じるのか?

でも、何故、彼女はその友人が忙しくてどうしても会えないと言ってきたことに自分が深く落ち込んでしまうほどの寂しさであったり、残念な気持ちであったり、そんなものを心に抱いたのでしょうか・・・?

彼女だって、忙しくて会えないこと位は理解できるし、何より優しさを持っていらっしゃる方だと思うんです。それに、とても友人思いな方なんだと思います。

でも、その思いが強すぎて、自分が苦しんでしまうことがあるのだと。

何故、「相手も忙しいから会えないのだろう」と理解しながらも、寂しい気持ちになってしまったか・・・それは、彼女が自分自身に対して課しているものがそうさせているのかも・・・知れません。

彼女が自分自身に対して課しているもの・・・それは、「どんなに忙しくても友人のためなら、時間を作らなくてはいけない」・・・そんな思いだったのかも知れません。

でも、その思いが自分を縛っていたのだと思うんです。

「どんなに忙しくても友人のためなら、時間を作らなくてはいけない」そう自分自身に対して強く求めてしまうと、反対の立場になった時、頭ではわかっていても、忙しいことを理由に会えないと言ってしまう相手にどうしても寂しさであったり、残念な気持ちを抱いてしまうことになると思うんです。

それは自分自身が自分に課したことが原因なのだと思います。

相手に求め過ぎてしまうのをやめるには、まず自分に対して求め過ぎてしまうことをやめる必要があるのだと思います。

忙しくても友人のためなら、○○しなくてはいけない

・・・それは自分に対して、強く求めていることになると思うんです。そう行動することを自分に求めて、それ以外は許さない考え方です。

人は自分に強く求めるものを同じように人に求めるものです・・。

それをやめるには、自分に求めるのをやめること。忙しい時に自分がストレスを感じてまで相手のために時間を作ったりしていることがあるのなら・・・それは本当はやめた方がいいのかも・・知れません。

人はどうしてもできないことがあるし、できない時もあるのだと思うんです。

それを少しだけでも自分に対して認めてあげることで、自分に多くを強く求める癖というものが少しづつ手放せるようになるのかも・・知れません。

大丈夫、完璧にできなくたって。
大丈夫、自分にできることをやろう。

そう思ってもいいと・・・僕は思います。

長くなってしまいましたので・・・続きは次回に致します。この続きは、友人に依存してしまう、求めすぎてしまう心を捨てる 完結編・・・で書かせていただきたいと思います。

最後まで記事をお読みいただいて、ありがとうございます。
感謝。