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辛い時、苦しい時、心が折れそうな時に思い出したい1つのこと

以前に「人生山あり、谷あり」というお話をさせていただいたことがありましたが、今回はその最後でお話させていただいたことの続きをさせていただこうと思います。

「見られている」

以前にNHKの番組の中で歌舞伎役者の(五代目)坂東玉三郎さんとお笑いコンビ・ナインティナインの岡村隆史さんの対談がありました。

その中で、坂東玉三郎さんは「天から見られている」という感覚についてのお話をされていて、その見られているという感覚がどこまでも真摯に舞台と向き合う力になっていると語られていました。

岡村さんもそのお話に強く共感されていて、ここまででいいか・・・と思った時に、「見られている」という感覚が、「いやいや、ちょっと待てよ」と思わせてくれるそうです。

どこまでも、見られていないところまでも真摯に仕事と向き合うお二人のお話はとても興味深かったです。

「お天道様が見てるよ」

少し話は変わりますが・・・

子供の頃はよく「お天道様(おてんとさま)が見てるよ」なんて言われたものでした。

ただ、その瞬間は悪いことはしないようにしよう・・・なんて思っても、すぐにそんなことは忘れてしまっていたりして。

だけど今になって、そんな言葉をよく思い出します。

「お天道様が見てる」とは、誰も見ていないように思っても、太陽は見ている、神様は見ているのだから、悪いことはしてはダメだよ・・・という意味ですが、

悪さだけではなくて、いいことも、またはほかの色々なことも・・・見られているのかも知れないなぁと、人生でやってくる試練というのは、神様からの「試験」でもあるのかなと・・ふと、そんなことを考えることがあります。

その「試験」がやってきた時、自分がその試練とどう向き合おうとするのかを・・・もしかしたら、見られているのではないかなと・・・おかしな話かも知れませんが、僕はそう思うようになりました。

「見られている」という感覚が自分を支えてくれる

「見られている」・・・そういう感覚が芽生えた瞬間に、その問題と向き合おうとする力が湧いて来たりします。

別に何か現状が劇的に変わったわけではないけど、「見られている」と思えた瞬間に気持ちが何故か少し楽になれます。

「見られている」と思えた時、今、目の前にあるもの、またはないものに・・・意味があるのではないかと、思えてきます。

そして、それにどう向き合うのか・・・ということがもしかしたら一番大事なことなのかも知れないなぁと、不思議とそう思えてくるんです。

もっとも、そう思えても、自分が思い描いた形でその何かに向き合えないこともあります。

そんな時は何だか自分が情けなく思えてしまうものですが、ただ、向き合おうとしたこと、そのものが大事で、その向き合おうとしたことが次の一歩、次の自分へとつながってゆくのかも、知れません。

最後まで記事をお読みいただいて、ありがとうございました。
感謝。