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自分の心の中にある小さな罪悪感との向き合い方

人は誰でも何かしらの罪悪感のようなものを持っているものなのかも・・・知れません。

今回は「小さな」罪悪感との向き合い方について書かせていただきたいと思いますが、本人の中では小さな罪悪感などはないのかも知れません。それは小さいなんて表現できるものではないかも・・・知れません。

逃げようとするほど苦しむのが罪悪感

自分の中にある罪悪感・・・その重さに耐えきれず、何とかしたいと、できればその重荷をどこかに置いてしまいたいと思うことがあります。

僕の中にもそんな罪悪感のようなものはいくつもあります。

僕には家業を継ぐために親の会社の入社して数年が経った頃、出てゆけと言われ会社を首にされた経験があります。

代々続く家業を途絶えさせてしまった、守ることができなかったという罪悪感のようなものが僕にはどこかにあって。

それは自分の意思じゃない、自分が決めたことじゃない・・と言い訳をしたかったのは、本当はその自分の中にあった罪悪感から逃げたかったからだったのかも知れません。

ところが、その罪悪感は何年たっても消えることはなく、それどころか、その思いに苦しみ続ける自分がいて、自分によくしてくれた方々、自分を信頼してくれた方々や関係者の方々のことを思い出すと、胸を引き裂かれるような思いでした。

そして、それはいつも、どこにいて、何をどう考えても僕の中にありました。罪悪感というのは逃げようとするほどに、苦しんでしまうものなのかも・・知れません。

罪悪感から逃げるな!

「罪悪感から逃げるな!」

・・・僕は自分にそう言うことにしました。それは受け入れる他ないのだと。受け入れて、それを抱えて生きてゆくしかないものなのだと、思うようになりました。

でも、何故でしょう・・・。

言い訳をしたくなっていた頃、自分の罪悪感から逃げようとしていた頃の僕はあんなに苦しかったのに、それは受け入れた途端に自分を楽にしてくれたのです・・。

面白いものだなあ・・・と思います。

他人には背負わせない

自分の過去のことを罪悪感から、自分の彼女や彼氏、夫や妻であったり、そういった自分にとても近い人達に話してしまいたい・・・と思うこともあるかも知れません。

「こんなことがあって・・・それは話した方がいいのでしょうか・・・?」

・・・そんなお話をお聞きすることもありますが、僕は人には背負わなくてもいいもの・・・というものがあるのかも知れないと思う時があります。

相手に話してしまったら、自分は楽になれるかも・・・知れません。

でも、相手は自分ではないので、それが受け入れられないこともあるし、それを背負い続けてゆかなければならなくなる時もあって。

それは難しい決断だとは思いますが・・・自分が楽になりたいだけなのか、それとも相手のことを考えて、話した方がいいのか、相手に背負わせることにはならないか・・・と考えていくと、答えはでるのかも・・・知れません。

罪悪感が自分の生きる道を照らしてくれる

僕は一番怖いのは、罪悪感を感じなくなってしまうことじゃないかな・・と思っています。

誰にでも罪悪感というものはあるし、そう感じることは他人の痛みが少しでもわかるということなのだと思うんです。それはむしろ大事なことなのかも・・知れません。

僕はそんな罪悪感は、本当に辛いことだとは思いますが・・それが自分を強くしてくれたり、謙虚な自分でいさせてくれたり、時にはそれが自分の生きる道になったりすることもあると思うことがあります。

捨てようと思っても、捨てることなどはできないのなら・・・それを自分のために、または人のために役立てようと、僕はそんなことを思いました。

今日は記事を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
感謝。