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結果を出しても評価されない、報われない。評価されるために何が必要か?

例えば、仕事などで結果を出しているのに、評価されない。
結果を出しているのに報われない。

そんな風に思ってしまって、とても残念な気持ちになったり、悔しさが込み上げてきたり。

そんなこともあるかも知れません。

結果を出しているのに、それが評価されないというのは、とても悔しいことだと思います。

また、例えば、結果を出しても評価してくれない上司や会社もあるかも、知れません。

それはやっぱり、おかしなことだと思うのです。

ただ、実際には、そんな上司がいたり、そんな会社もあるかも知れません。

そんな不条理な会社、または仕組みの中にいると思った時、自分がやっていることを無駄にしないために、自分の努力を無駄にしないために、または、自分を正当に評価してもらうために、自分にできることは何でしょうか?

また、それ以前に、人はどんな人を評価するものでしょうか?

今回はそんなことについても考えてみたいと思います。

優れている人が評価されないのは何故?

冒頭でも書かせていただきましたが、結果を出しているのに、評価されない。結果を出したことが報われないのは、とてもおかしなことだと思います。

ただ、仕事でも、スポーツの世界もそうかも知れませんが、結果を出した人が必ず評価されるとは限らない、優秀な人が必ずしも評価されるとは限らない、そんな世の中なのかも知れません。

私達が生きているこの世の中というのは。

ただ、評価される人にはどうも、共通点のようなものがあるようです。

言い換えると、人が人を評価したくなるのには、理由があるというか。

もし、結果を出しているのに、評価されるべきだと思うのに、評価されないと思った時は、「人はどんな人を評価したくなるのだろうか?」と考えてみるのも1つの方法かも知れません。

例えば、上司に評価されない、会社に評価されないと思った時は、自分が上司だったら、または自分が会社の経営者であったなら、どんな人を評価したくなるだろうか?と考えてみます。

少し視点を変えてみるわけですが、評価される側で考える、評価されるべき人と、評価する側の視点で考える、評価したくなる人は、違っていることがあるかも知れません。

だから、評価する側の視点で、自分なら、どんな人を評価したくなるだろうか?と考えてみると、何か自分がやるべきことが見えてくるかも知れません。

また、例えば、その上司の価値観や考え方なら・・どんな人を評価したくなるのだろうか?と考えてみるのもよい方法かも知れませんし、この会社で評価される人達には何か共通点がないか?と考えてみるのも1つの方法かも知れません。

そんな風に考えてみると、自分の努力を無駄にしないために、自分がやっていることを無駄にしないために、自分がどんな工夫をしなければいけないか・・ということが見えてくるかも、知れません。

もう一番難しいはずの結果を出すことはできているわけです。

後はそこに何かを少しだけ、加えてみるだけでも評価は変わってくるかも知れないわけです。

人は自分にとって何かプラスになるモノや人を評価したくなるもの

評価される人にはどうも、共通点のようなものがある。

先ほどはそのように書かせていただきました。

その共通点は何だったかというと、評価される人は、評価している人にとって何かプラスになるものを与えていた・・ということのようでした。

人は自分にとって何かプラスになるモノや人を評価したくなるもの・・だと思います。

例えば、2人の歌手がいたとします。

一人は、もうすごい声量と技術があって、すごいなと思ってしまう。

もう一人は、声量も技術も劣ります。だけど、その人の歌を聴くと何だかとても癒される。

人はきっと、後者の癒される歌を歌う人を評価することが多いのではないかなと、思います。

自分がその人から何か(この場合は癒し)をもらっているから、です。

人は、そんな風にして、自分にとってその何かがプラスになっているから、その何かや誰かを(高く)評価しようとするものだと思います。

つまり、人は多くの場合、自分のために、人を(高く)評価するものだと思います

だから、そういう意味では、評価される人というのは、誰かのことを思って、誰かのために何かをやっていることが多く、誰かの役に立っていたり、誰かを喜ばせていたりすることが多いようです。

「誰かの役に立つ」「誰かを喜ばせる」ということは、評価をしてもらう・・ということを考えた時、大事なキーワードになってくるかも知れません

人は自分にとって、何かプラスになるから、その人を高く評価する・・ということが多い。

そう考えてみることで、評価されるために、自分がやるべきことが見えてくるかも、知れません。

自分のために「誰かのことを考えて」何かをやってみると評価される

何かをやるにしても、「自分のため」でいいと思うのです。

仕事もそうです。

自分が生きてゆくため、自分の家族が食べてゆけるために、一生懸命働くわけで、働くのは自分のためだと思います。

自分のためでいいと思うのです。

だけど、自分のために、「誰かのこと」を考えて何かをやってみると、評価されるようになることがあります

先ほども書かせていただきましたが、評価される人は、

1)誰かの役に立っている
2)誰かに喜ばれている

・・ということがどうも多いようです。

仕事であれば、例えば、お客様に喜ばれている・・ということもそうですが、評価する人にも(この場合は上司や会社の社長などなど)喜ばれている必要があるのかも知れません。

自分がやったことをしっかりと評価してもらうために、自分の努力を無駄にしないために、そして、自分が出した結果を正当に評価してもらうために、です。

そのために、評価する側の人はどうしたら喜んでくれるだろうか?と考えてみるのもよい方法かも知れません。

それは決してごまをするということではなくて、勿論、ごまをすることで喜ぶ上司もいるかも知れませんが、そうではなくて、例えば、自分が上司の立場なら、どんな部下がいてくれたら嬉しいだろうかと考えてみるのもよい方法かも知れません。

そう考えてみて、

「結果を出してくれる部下だったら嬉しいな。」

例えば、そう思うかも知れません。

だけど、もし結果を出すだけでは評価してくれない、そんな会社にいる場合は、結果を出すこと以外に喜ばれることを考えなくてはならないかも知れません。

そこで、他に何があるだろうか?と考えてみた時、

「自分のことを上司として尊重してくれる部下だったら嬉しいだろうな。」

・・と思うかも知れませんし、他に色々な答えが出てくるかも知れません。

仕事も何でも、「自分のため」でいいと思うのです。

ただ、評価してもらうということを考えた場合、「自分のために誰かのことを考えて」、誰かの役に立つことや誰かを喜ばせることを考えて、実践してみると、自分が出した結果について、正当な評価をしてもらえるようになる・・ということもあるように思います。

見えないものが最も喜ばれる

先ほど、評価されている人は、誰かに喜ばれている人・・ということについて書きました。

評価されるという意味では、「喜ばれる」ということがとても大事になってくるように思います。

世の中で高く評価されている人達を見ていると、必ず、多くの喜ばれています。

その「喜ばれた回数」×「喜ばれた度合い」= 評価 になっているようです。

喜ばれる・・ということですが、色々なものが喜ばれると思います、目に見えるものも勿論、喜ばれると思います。

ただ、一番喜ばれるのは、案外、目に見えないものであることが多いようです。

目に見えないものとは、例えば、癒しとか、勇気とか、感動とか、思いのようなものもそうかも知れません。

アスリートの中でも高く評価されるのは、多くの人に勇気を与えている人だったりします。

スポーツでは、強い人がイコール、人に評価される人とは限らないと思います。

敗れても、それでも何度も立ち上がる人に、人は勇気をもらったり、そのスポーツに真摯に向き合う態度に感動したり、そして、そんな何かを自分に与えてくれた人を、人は高く評価しようとしたりします。

仕事でも、お客様に「感動」を与えられるサービスなどは、高く評価されたりすると思います。

じゃあ、例えば、上司などに対してはどうでしょう?

見えない何か、例えば、「尊重しようとする思い」のようなものも喜ばれるかも、知れません。

人間関係は投げかけたものが返ってくることも多く、尊重しようとすると、今度は尊重してもらえたりすることもあります。

もっとも、そこまでして評価されても・・と思われる方もいらっしゃるかも知れません。

確かにそうかも、知れません。

結果は結果として、しっかりと評価されるべきだと思うのです。

ただ、結果を出しても評価してくれない、報われないような、そんな不条理な仕組みの中では、僕(筆者)は、少しずる賢い位でいいと思ってます。

自分がやってきたことを無駄にしないため、自分の努力を無駄にしないために、そして、自分がやりたいことをやってゆくためにも、です。

ただ、人にはもともと、喜ばれると嬉しいという性質があるようで、「自分のために」喜ばれることをしてみようと思って、そして、喜ばれると、嬉しくなって、それが次のモチベーションになってゆくこともあるかも知れません。

自分のために、誰かのことを思って何かをしてみることで、そんな好循環が生まれることもあるかも知れません。

最後まで記事にお付き合いいただいて、ありがとうございました。