真実を話すべきかどうかで悩んだら
大切な人に、真実を話すべきかどうかで悩む・・・そんなこともあるかも知れません。
話した方がいいのか、話さないでこのまま墓場まで持って行った方がいいのか・・・それはどんな秘密であっても、その決断はどちらを選ぶにしても苦しいものだと、思います。
僕にはその秘密を話した方がいいか悪いかはわかりません・・ただ、真実を話すべきかで迷った時に、大切にしているお釈迦様のある教え・・・があるんです。
「嘘をつけない人になってはいけない」
「嘘をつけない人になってはいけない」・・・子供の頃に大人に言われたことと真逆です。(笑)
でもこれ、僕が適当に思いついたことでも何でもなくて・・・お釈迦様がおっしゃった言葉なんです。
「嘘をつけない人になってはいけない」・・・お釈迦様ご自身も、あえて嘘を言われることがありました。それは相手を騙すためではなくて、それはきっとお釈迦様の「思いやり」だったのだと思います。
真実というものは、自分では背負えるものであっても、自分以外の人にはそれが重すぎて背負えないことがあります。
嘘は嘘でも、相手のことを思いやる気持ちがそこにあれば、それは嘘ではなくて、「思いやり」なのだと・・・思います。
真実か優しさか
少し本題からそれたかも知れませんが・・・冒頭で書かせていただいた、真実を話すべきかで迷った時に、大切にしているお釈迦様の「ある教え」・・・ですが、それはこんなことなんです。
お釈迦様は真実よりも優しさが大切・・・そう教えられています。
真実はそれほど重要なことじゃない・・・そう伝えようとされたのかも、知れません。それよりも、優しさが大切であると・・。
本当のことだから、相手に申し訳ないと思うから・・・そういう気持ちになってしまうこともあります・・・でも、そう思った僕の中に、「優しさはあるか?」・・・僕はそう思って考えることがあって・・。
それは勿論、僕が毎回そんな風にうまくできないからであり、例えば、真実というような重いものではなくて、それを正しさに置き換えてみた時、どうしても正しいことを考えたり、伝えなければと思う自分がいたりします。
でも、そんな時に限って、僕は自分のことしか考えていなかったりします。
正しいことを伝えようとして僕は満足したとしても、それが相手にとってよいことになるとは限らなくて・・。
真実よりも優しさが大切・・・だけど、優しさって難しいなと思うんです。
相手にとって何が優しさになるか・・・それが自分の視点からでは見えないからで、相手をよく知って、相手の考え方を知って、相手の価値観を理解してあげて・・・そして初めて見えてくるもので・・・。
真実を伝えるべきかどうか迷った時、「自分の中に優しさはあるか?」・・・そう考えて優しさがあるのなら、伝えてもいいのかも知れません。
でも、真実だから、正しいことだから、自分の中に罪悪感があるから・・・ということであったなら、それは、自分が背負ってゆくべきもの・・・お釈迦様なら、そんな風に言ってくださるかな・・・と僕は思いました。