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決めつける人にイライラせずに、笑ってスルーするには?

おかしな相談室

「決めつけられてもイライラしないためにはどうしたらいいですか?また、ある時期から昔の友達にあなたはこういう人だからと、決めつけられることが多くなったような気がします。これはわたしのせいでしょうか?」

おかしな相談室について

決めつけられるというのは、嫌なものかも知れませんね。

本当はそうじゃないのに、「あなたはこういう人だから」と決めつけられるのは、自分をちゃんと見てもらっていないような気がしたり、今の自分を否定されているような気がして、だから、悲しいのかも知れません。

そんな時、どうしたら、そんな決めつけてくる人にガッカリしたり、イライラせずに、笑ってスルーできるようになるのでしょうか?

今回はそんなことについて見てゆきたいと思います。

何故、決めつけてくるの?

決めつけてくる人に何だか嫌な気持ちになってしまった時、「何故、勝手に決めつけてくるの?」「何故わかろうとしないの?」と思ってしまうと、余計腹が立ってくることがあるかも知れません。

それは、相手をどうにかしようとしてしまったから、かも知れません。

こんな時、相手は変わらない。そういう人なんだと諦めてしまうことができれば、気持ちはぐっと楽になれるかも知れません。

ただ、それは難しいことで、人は納得しなければ、なかなか・・諦められないものだと思います。

ただ、納得するために、相手が何故決めつけてくるのか?ということを相手の視点になって考えてみるのはよい方法かも知れません。相手を諦めるためには。

何故決めつけてくるのか?

・・ということですが、これは人によっても様々で、こういう心理で決めつけてくる、こういう理由で決めつけてくるという一つの理由はないかも知れません。

ただ、多くの場合、悪意があって決めつけてくる人は少ないかも知れません。

悪意はないけれど、結果的に決めつけてしまっていたり、決めつけたくなってしまっている・・ということが多いようです。

結果的に決めつけたくなってしまっている・・・ということですが、人は知らないものが怖いものです

だから、知らないものに対しては、何かのレッテルを貼りたくなることもあって、そうやって何かをひとまとめにしておけば、ひとまず安心できる・・ということもあります。

例えば、誰かが自分の知らない何か(能力、知識、etc.)を持っていたりした時、それを例えば、「〇〇系」という風にひとまとめにしてしまうことで(決めつけることで)、知らないという怖さを(無意識の間に)手放そうとしていたりするかも、知れません。

レッテルを貼る、まとめたくなる・・ということですが、これは劣等感を感じることを避けるためにやってしまうこともあるかも知れません。

こういう人だ、こういう系だ・・・と決めつけてしまうことで、相手が自分より上だと思わずに済むようにしていることもあるかも知れません。

勿論、今、自分に対して何かを決めつけてくる人がそうであるとは限りません。

ただ、何故、決めつけてくるのだろう?と相手の視点になってみると、決めつけられることに対しての感じ方も少し、変わってくるのではないかなと思います。

ゆりもどし

例えば、自分が新しい環境の中で成長して、変わったりすると、決めつけられることが多くなることがあります。

これは「ゆりもどし」などと言われることもある、ある種の現象のようなもの。

ゆりもどし(揺り戻し)とは、辞書で調べると、「 一度ある方向へ大きく変動したものが、また元の方向にもどること」(出典:デジタル大辞泉 小学館)と出てきます。

自分の知っている人が自分の知らないところへ行ってしまうと感じた時、それが寂しくなったり、羨ましくなったりして、何とかして、自分のところに引き戻そう(揺り戻そう)とする人が出てくることがあります。

その人にとっては自分の知っている「あなた」が好きなのであって、成長して変わった「あなた」はそれとは違う人になってしまう。

だから、どうにかしてゆりもどそうとする。そして、その時にやってしまうのが、決めつけるということかも知れません。

あなたはこういう人なのに、と。

もし、相手がそんな理由で決めつけてきているのだと思ったら、相手のその気持ちになってあげることで、それほどイライラしなくなるかも、知れません。

決めつける理由は他にも色々あるかも知れませんが、ただ、悪意があって決めつけてくる人は少なく、決めつけてくる人の中にある、ある種の恐れや不安のようなものが引き金になっているケースもあるかも知れません。

決めつけられても笑ってスルーするには?

さて、ここまでは相手の側について見てきましたが、今度は自分に気持ちを向けてみたいと思います。

そもそも、何故、決めつけられると腹が立つのでしょう?

決めつけられるのが嫌な理由も色々あると思いますが、その中の一つは、自分をわかってもらえていないから、かも知れません。

人は、自分のことをわかってもらいたいと思っているものだと思います。

だから、決めつけられることは嫌なものだし、そして、それで(嫌なままで)いいと思うのです。

ただ、決めつけられることを残念に思っても、一々そのことにイライラしないようになれたらいいのかも知れません。

そういう意味で、決めつけられてもイライラしないためにはどうしたらいいか?

・・・ということですが、決めつけられて腹を立てる時と、腹が立たない時があると思うのです。

そして、そこには違いのようなものがあります。

例えば、僕(筆者)が野球をやっていたとして、ある時誰かに「あなたは内角のボールは打てないよね」と言われた(決めつけられた)とします。

この時・・

もし、僕が自分自身の野球を客観的に分析できていて、内角のボールは〇割の確率で打てているが、外角に比べて打率は落ちると客観的に分析できていたら・・

その人の言った「内角が打てない」というのは相手の思い込みであることがわかります。

また、内角のボールを打つ確率が外角に比べて低いことも自分でわかっているので(外角に比べれば内角のボールは打てないことを自分でわかっているので)、腹も立たないかも知れません。

「そうだよね」と、思えるからです。

これがもし、自分で自分の野球を客観的に分析できていなかったとすると・・「勝手に決めつけるなよ」と反論したくなるかも、知れない。

それは、自分でも自分のことを本当の意味でわかっていないから、なのかも知れません。

さて、野球の例え話をさせていただきましたが、自分で自分を客観的に見れていないと、誰か他の人の自分に対する意見に揺れてしまうことがあります。

それは自分で自分のことをよくわかっていないから。

だから、自分を知る、自分を客観的に見るということを習慣にしてゆくと、人の意見に大きく気持ちが揺れたり、ブレたりすることがなくなってゆきます。

自分で客観的に見れているので(自分で自分のことをわかっているので)、相手の意見が当たっているのか、それとも見当外れなことを言っているのかが、わかるためです。

ただ、自分を客観的に見るということは、自分の欠点から目を背けないということで、それは勇気がいることだと思います。

ただ、自分の欠点も含めて、自分を客観的に見るということをしてゆくと、人の目が気にならなくなっていったり、または、自分軸というものができてくることがあります。

他人軸と自分軸の違い

「人のふり見て我がふり直せ」

さて、ここまで決めつけられた時に笑ってスルーするためにはどうしたらいいか?ということについて色々と見てきました。

ただ、人は程度の差はありますが、無意識の間に何かをつい決めつけてしまったり、決めつけてしまいたくなることがあるものかも、知れません。

人がやっていることは程度の差はあっても、自分も何かしら、どこかで知らぬ間にやってしまっている・・ということもあって。

「人のふり見て我がふり直せ」ということわざもありますが、人は自分以外の人のことはよく見えるのですが、自分のことはあまりよく見えなかったりして。

だから、例えば、自分のことを撮影したビデオなんかを見ると、自分が思っていた自分のイメージとは全く違っていた・・なんてこともあったりします。

そういう意味で、相手を反面教師にしてみることも時には大切なことなのかも知れません。

また、「人のふり見て我がふり直せ」と思ってみるだけでも(相手の問題と自分の問題を切り離すことができて)、決めつけられたイライラが薄れてゆくこともあるかも知れません。

最後までお付き合いいただいて、ありがとうございました。