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人を妬んでしまう自分を克服する方法

人のことが羨ましいと感じて、それが嫉妬に変わってしまう・・そんなこともあるかも知れません。

例えば、友人の結婚や家を建てたこと、仕事での出世、出産・・・本来であれば喜ばしいことで、本当は心から祝福してあげたいけど、どうしてもその気持ちになれなかったり、どこかで妬んでしまう自分がいたりする。

そんな自分を情けなく思ったり、恥ずかしく思ったり。

きっと、羨ましいと感じることは悪いことでもなんでもないと思うのです。

だけど、それが嫉妬の感情に変わった途端に自分が苦しくなってしまう。

今回はそんな嫉妬という感情について、具体的にどうやったら人を妬んでしまうことをやめることができるか?ということについて考えてみたいと思います。

目次

嫉妬には仕組みがあった

嫉妬とは、自分と他人を比較して、自分が欲しくて(自分が求めていたもので)、だけど、持っていないものを相手が持っていると思った時に感じる感情です。

自分が持っていないものを相手が持っていると思っても、「羨ましいなぁ」で終わってしまうこともあります。

この時はあまり苦しくなったりはしないものだと思います。

ところが、自分が持っていないものを相手が持っている。持っていない自分は惨めだ・・と思ってしまうと、羨ましいという気持ちを超えて、それが嫉妬に変わってしまって、そして、何故か苦しくなってしまう。

では、「羨ましいな」を「嫉妬」に変えずに済むためには何をしたらいいのでしょうか・・?

嫉妬という感情を持ってしまった時(正確に言えば、その感情に至る前に)、必ずやっていることが1つ、あります。

それは何かというと、相手の一部分しか見ていない・・ということです

嫉妬した時というのは、必ずと言っていいほど、相手の一部分しか見ていません。

例えば、誰かが仕事で出世した・・・ということを例にとると、その人が出世したという「一部分しか」見ていません。

そして、その出世ということについての良い点しか、見ていないのです。

給料が上がるとか、肩書のこととか・・そして、それを持っていない自分がみじめに思えてしまう。

ところが、何事にも表があれば裏もあります。

これは「正負の法則」などと言われたりしますが、人が何かを得た時は、同時に何かを失っている・・ということでもあって。

相手に嫉妬してしまう時はこの得た部分だけを見て、うらやんでしまっているわけです。

ただ、この時、失った部分を見ていません。

出世するということの得た部分は給料が上がったり、肩書が変わったりという点、部下ができる(増える)・・ということも含まれるでしょうか。

じゃあ、マイナスの部分、失った部分は何でしょうか?

出世するのは大変なことでもあると思います。

責任が増えて、それまでのように自由に働くことができなくなったり、部下と会社の間に挟まれたりすることもあります。

部下のミスも自分の責任になってしまうこともあります。

部下を育てるのは苦しいものです。一生懸命育てようと思っても、その部下に陰口を言われたりすることもあるかも、知れません。

上司とはそういう大変なポジションでもあると思うのです。

そういう風にして、何かを得たら必ず何かを失っているもの・・だと思います。

誰かが得ているその一部分だけではなく、その裏にあるものも見ようとした時、妬んでしまう心は少しづつ、手放せるようになってゆくのではないかなと、思います。

もう妬んだりしないで済む方法

相手の得ている一部分だけ見ないで、その裏を見ようとする。

例えば、友達が多い人は、多くの人と触れ合える反面、人間関係のトラブルも多いかも・・知れません。

出産した友人に妬んでしまう・・そんなこともあるかも知れません。

でも、生まれてきた子供を育てるのは大変です。

子供の悩みというのは悩みの中でも常にトップに入ってくる悩みで、子育てのストレスでうつ状態になってしまう方も多くいらっしゃいます。

物事には必ず表と裏があって、いいことだけじゃないわけです。

ただ、相手の持っている羨ましい一面を見ただけでは「いいなぁ、羨ましいなぁ」程度で終わります。

嫉妬まではしないと思うのです。

じゃあ、何故「羨ましい」が「嫉妬」に変わるのでしょうか・・?

それはその「羨ましい」と思えるものを自分で頑張って得ようと思えないから・・なのだと思います。

例えば、大きな庭のある家を友人が買ったとします。

そのお家と庭を見せてもらって「羨ましいなぁ・・」と思ったとします。

自分も欲しいなぁ、と。それで「自分が頑張ってお金を貯めてあんな家を建てよう」と思えたら、それは嫉妬ではなく、やる気に変わります。

でも、「自分にはあそこまでの家は無理だ・・」と諦めてしまった時、「羨ましい」が「嫉妬」に変わったりすることがあります。

さて、ここからが妬まない方法の核心の部分ですが、誰かを妬んでしまった時は、「全てをその人と取り換えたいか?」と自分に問いかけてみます。

全て・・というのは全てです。

出産した友人であれば、赤ちゃんだけが欲しいと言わずに、全部交換します。自分はその友人になります。

夫も交換します。自分の友達も相手の友達と交換する。自分の親も住んでいる家も、自分の持ち物などもすべて・・です。

全部交換するのは・・やっぱり嫌ではありませんか・・?

友達なんて交換したくありません。

夫や妻を交換なんて冗談じゃない。親や兄弟だって交換したくはないです。自分の家だって、自分の趣味も・・

こういう風に全部交換したら・・・と考えると妬んでいることが無意味に思えてきます。

妬んでいる時はその人の一部分だけを見ている時で、しかも、その一部分の良い一面しか見ていないわけです。

そんな時はもっと全体を見てみます。

すると、妬む必要なんてなかったんだ・・と思えてくるかも、知れません。

人は人。自分は自分。比較する必要なんてそもそもなかったのかも知れないな、と。

そう思えた時、もう人を妬んでしまうという悩みは、悩みではなくなっているのではないかなと思います。

全部捨てられなくてもいい

ここまでどうやったら人を妬んでしまう自分を変えられるか?ということについて書かせていただきました。

ただ、それでも、どうしても残る嫉妬という感情、どうしても捨てられない妬んでしまう気持ち・・というものもあるかも知れません。

そんな時はどうしたらいいでしょうか・・?

そんな風にして人を妬んでしまうことは、情けないことでしょうか・・?

人を妬んでしまうことは情けないことか、というのはきっと人によって考え方が違っているものだと思いますが、少なくとも僕は、情けないことではないと、そう思っています。

感情というものは、特にマイナスな感情というものは、自分を疲れさせるものだと思います。

だけど、その感情が湧いてきたのには、何かしらの理由がある。

全く無駄な感情はきっと、ないのではないかなと、思うのです。

嫉妬という感情が湧いてくるのもきっと理由があります。

その多くはこれまで書かせていただいた方法で捨てることができるかも知れません。

だけど、それでも残るものだってあるかも、知れません。

そんな時は、その感情をそのまま、あるがままに受け止めてみてもいいのかも知れません。

「あぁ、自分は人を羨んでいるんだな・・」と思ってみる。

そして、もう一歩その先に進んでみて、「何故、ここまで人を妬んでしまうのだろうか?」と考えてみます。

それはきっと、自分が心から望んでいるものがあって、それが何かしらの理由で手にできていない、または手にすることができなかったからかも知れないな・・そして、それが悲しいのかも知れないな。

例えば、そんな風に思えてくるかも知れないし、または、何か違うことが浮かんでくるかも知れない。

それはただ、気持ちを向ける先を相手から自分に移して、そして、自分の感情をしっかりと、あるがままに受け止めなければ浮かんでこないことだと思うのです。

そうやって自分の本心のようなものが浮かんで来たら、それを自分のために生かす方法だって見つかるかも、知れません。

例えば、自分が心から求めていたものをこれから手に入れよう、これから探そう。そのために、一生懸命になってみよう。そのために、自分を変えてみよう・・・でもいいと思うんです。

自分に浮かんできたものが、敗北感であったり、悔しさであったとしたら、その負の気持ちをバネにして、そしてそれを行動する力に変えることだって、できるかも知れません。

僕にはあります。

悔しさや何かに敗れて感じた敗北感。

だけど、その気持ちは自分にとって、自分を突き動かすエネルギーだったように思います。

自分を動かすエネルギーというのは、なかなか、気合いだけでは出てこないもので、僕の場合はもっと別のエネルギー源が必要でした。

特に30代後半までの自分にとって、そのエネルギーの元になっていたものは、むしろ、プラスの気持ちというよりも、悔しさであったり、もうこんな思いはしたくはないという気持ちであったり。

自分を突き動かすエネルギー源となるものは他にもいろいろな形がありますが、時には、悔しさや敗北感のようなものが自分を動かす大きな力になることがあると思うのです。

どうしても残ってしまう嫉妬の感情は、そんな風にして、自分のために生かしてゆく道もあるかも知れません。

嫉妬というのはマイナスな感情かも知れませんが、それは本当は自分の背中を押すためにやってくるのかも知れません。

そして、それをきっかけにして動き出した先に、自分が求めていたものがあるかも知れない。

嫉妬という感情はそんなことを自分に伝えたいのかも知れないですね。

いつも記事をお読みいただき、ありがとうございます。
感謝。