自己顕示欲が強い(認めて欲しいという気持ち)・・を克服する方法
自己顕示欲とは、自分を認めて欲しいという欲求です。認めて欲しい、評価してほしいという欲は誰にでもあるものだと思うんです。
ただ、その自己顕示欲が強くなり過ぎてしまうと・・・認められないことで自分には価値がないと、そう思ってしまったり、自分が苦しくなってしまうと思うんです。
原因は何?
自分のことを認めて欲しいと強く思い過ぎてしまうのは、それまで認めてもらえなかった・・・そういう思いからきているのかも知れません。
例えば、子供の頃に両親から十分な愛情を受けてこなかった子供は大人になっても、認めてもらいたいと強く思うことがあるとそう指摘される専門家もいます。
子供は親に自分のことを見て欲しいものだと思うんです。そして、そこで親に褒めてもらうことで子供は成長してゆくし、自信をつけてゆくのだと思います。
ところが、そういう愛情が不足している人は、大人になってもどこかでその満たされなかったものを満たそうとしてしまうものなのかも、知れません。
だけど、もしそういったことが原因であったとしても・・・その満たされなかったものは違う形で満たすこともできると思うんです。
認めて欲しいという欲は、自分で自分を認めていないからやってくる
自己顕示欲というものは自分で自分のことを認めていないからやってくるものだと思うんです。
それは自分を高く評価するとか、自信があるということとはまた違っていて、自分のことを自分で客観的に見れているか、分析できているか、今の自分というものに対して冷静にありのままを認めているか・・・ということが自己顕示欲の大きさ・・・に関係しているのだと思うんです。
もし、自分で自分を客観的に見れていれば、他人から評価を得る必要もなくなりますし、他人の評価に一喜一憂しなくて済むようになります。
それは自分で自分のことをわかっているから・・・だと思うんです。
だけど、自分を冷静に見れていなかったり、自分の弱さを隠そうとしたり、自分の欠点というものを認めていなかったりすると、そこをいつも自分でかばう必要があって、だからこそ、他人に認めてもらったり、評価してもらう必要が出てくるのだと思うんです。
それは自分を自分で認めていないから・・・かも知れません。
そうだとしたら、やるべきことというのは、人に認めてもらえるようなことをするのではなく・・・自分で自分を認められるようなことをする、自分で自分を誇れることをする・・・ということなんだと思うんです。
認められたいという欲は、認められることで一旦はおさまります。でも、人は常に認めてくれるとは限りません。認めてくれない人もいます。
認めてくれるどころか批判してくる人さえいます。
そうなった時、認めてもらえた時はいいければ、認めてもらえない時には思い悩むことになるし、大袈裟に言えば人の評価に依存して生きていかなくてはならなくなります・・。
問題は人は認めてくれる人もいればそうでない人もいるということ。そして、人の評価は移ろいやすく、曖昧なものである点です。
生前は全く評価されていなかったのに死後、評価されるようになった歴史上の人物は大勢います。
そんな曖昧で移ろいやすい人の評価は、自分の本当の評価ではないかも知れません。
僕はそんな人の評価に依存するより、自分の評価は自分で決める生き方をした方がいいのではないかなと・・・ある時から思うようになりました。
人に認めてもらわなければ、自分の存在価値はないに等しい・・・大袈裟かも知れませんが、以前の僕はそう思っていました。
だけど、他人の評価を求める生き方より、自分でこんな自分であったならいいかなとそういう自分の在り方の方を大切に生きた方が、いいのかなと思うようになりました。
自分で自分を認められることをしようと思うと、ブレなくて済みます。
人に評価される自分を求めると時に苦しくなりますが、それをやめてみた時、自分が本当にしたいことが見つかったりするんです。
そっちの方が僕は楽しい人生になるのかなと、そう思っています