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お節介かどうかで悩んだ時の考え方

自分がやっていることはお節介なのではないか?

例えば、そんな風に思ってしまうことがあるかも知れません。

今回はそんなことについて考えてみたいと思います。

お節介かどうか?

お節介かどうか・・・というのはとても難しいことだと思うんです。僕自身、自分はお節介なことをしているのではないかと・・・そう思い続けていた頃がありました。

お節介をしていてもそうでなくても・・・相手のためと思ってしていることに違いないわけで・・。

ただ、相手のためを思って・・・という点はでも、1つの大事なポイントなのかも知れません。

何が大事なポイントかというと、自分の視点や立場から見て・・・相手のためだと思ったのか・・・それとも、相手の視点や相手の立場から見て、相手のためだと思ったのか・・・という点です。

何かをしてあげたい・・・そう思った時、つい僕なんかは自分の視点で物事を見て、相手のためにやってあげたい・・・そう思ってしまいます。

だけど、自分と相手は考え方も価値観もそして、その時のライフステージというものも違っているものだと思うんです。

だから、自分の視点から物事を見て、相手のため・・・と思って僕がしたことの殆どは、それはきっと相手にとってお節介になってしまうのかなと・・・ある時にやっとそう思えました。

見守る勇気

放っておいたらこの人はきっと苦しんでしまう、悩んでしまうことになる・・・僕はそう思った時が一番、相手にお節介を焼きたくなります。

それをやったら、辛い思いをするからやめておいた方がいい、こうした方がいい・・・そうつい、お節介を焼いてしまいたくなります。

だけど、自分自身の人生を振り返った時、そうやって苦しんだこと、思い悩んできたことがきっかけになって自分を成長させることができたり、誰かの心の痛みを少しわかるようになれたり、自分を省みようと思えたり・・・してきました。

そういう辛い思いが自分の一生の支えになることもあるということにやっと気づいたんです。

そう考えた時、それを例えば、僕が先回りしてやめた方がいい、こうした方がいい・・・と言うのは、それはその人の成長の機会を奪っているに等しい・・・そう思いました。

苦難というものは、人に幸せを教えてくれるためにやってくるようなものなのかも・・・知れません。

だから、それは辛い思いをするからやめておいた方がいい・・・なんていうのは、相手の幸せを奪うようなものなのかも知れない・・と。

人は自分で体験しなければわからないこともあると思うんです。

「可愛い子には旅をさせよ」と言いますが、見守っているのは辛いもので。それなら、いっそのこと自分がやってあげようとか、やめさせようとかしてしまうのは簡単だけど、もしかしたらそれは本当の愛情ではないのかも知れなくて。

本当に相手のことを思ったら、自分が辛くても、相手を見守る勇気が必要なのかも知れないとそう思いました。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
感謝。