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後悔が反省しても消えない時はどうしたらいいか?

「あんなことを言わなければよかったな」
「言い過ぎてしまったな」

例えば、そんな風に人間関係で後悔して、自分を責めたくなったりすることがあるかも知れません。

後悔して、自己嫌悪に陥ったり、自分を責めたくなったり。
そんな時はとても苦しくなったりします。

以前も少し書かせていただいたことがありましたが、後悔するのが人間らしさだと、僕はそう思っています。

後悔しない人はいません。

そして、後悔には意味があって、それは反省するためにやってくるものだと思うのです。

ただ、時には、後悔が反省しても消えないこともあるかも知れません。

もっとも、後悔といっても、色々な後悔があって、一概に、後悔が消えない時にはこうすればいい・・・という方法や考え方はないのかも知れません。

だから、これから書かせていただくことも一つの考え方で全てに通じるものではないと思います。

ただ、後悔とは何なのか?何故、やってくるのか?そして、反省しても後悔が消えない時にはどうすればいいのか?ということを当サイトなりに、考えてみたいと思います。

目次

後悔が消えないのは、心がまだその中から何かを学ぼうとしているから

後悔している時は、自分を責めたくなったり、自分が嫌になったりして、とても苦しいもので、だから、何とかしたくなったりします。

ただ、後悔することは、悪いことばかりではないと、思うのです。

後悔というものは、意味があってやってきて、そして、それは、苦しいものだけど、自分にとって、もっというと、これからの自分にとって必要な何かを教えてくれるものなのかも、知れません

後悔は、反省するためにやってくる。
以前にそんな風に書かせていただきました。

後悔は、「後ろを悔やむ」と書きますが、後悔している時は後ろを向いていて、だから、前に進むことができなくて、その場所に留まってしまって、苦しい。

反省は、過去から学んで次はこうしよう・・と思うことで、気持ちや視線は、今や未来に向かっていて、だから、後悔を反省に変えた時に、前に進める、後悔を乗り越えられるのかも、知れません。

だけど、反省しようとしても、それでもなかなか前に進めない、または、反省しようとしても、後悔がとまらない、後悔が消えない時もあります。

そんな時は、「後悔してもいい時」なのかも、知れません。

後悔を乗り越えたいのに、後悔してもいいなんていうのは、何だか矛盾しているようですが、ただ、後悔が消えない時は、すぐに消えない理由があるのだと思うのです。

じゃあ、その後悔がすぐに消えない理由って何なのか?

・・ということですが、それは、自分の心が、その後悔からまだ何かを学ぼうとしているから、なのかも知れません。

その学びがまだ終わっていないから、後悔が消えない、のかも知れません。

だから、そこから心が何かを学んだ時、その学びのプロセスが終わった時に、後悔はすっと、消えてゆくことがあります。

後悔することは意味があることだと、思います。

「ああすればよかった。こう言えばよかった。」

そう思ってしまうと辛くなりますが、だけど、そう思わなければ、反省をすることもなく、だから、自分は変わることもないし、成長することもない。

後悔が消えない時は、今はまだ、そこから何かを学ぶ時なのだというサインなのかも知れません。

自分の不完全さを受け入れる

「あんなことを言わなければよかったな」
「言い過ぎてしまったな」

例えば、対人関係でそんな風に思って、後悔することもあるかも知れません。

あの言い方は悪かったな・・と思って、自己嫌悪に陥ってしまったりして。そんな時は何だかとても苦しくなったりします。

だけど、人はやっぱり、完璧にはなれなくて、言ってはいけないことをつい、言ってしまったり、言い方を間違えてしまうことも時にはあるかも知れません。

人に迷惑をかけてしまうこともあるし、人を傷つけてしまうこともあるかも知れない。(勿論、言ってはいけないことややってはいけないこともあるわけですが)

ただ、大事なことは、完璧に生きようとすることよりも(それは恐らく人である以上はできないので)、迷惑をかけることもある、自分は不完全な存在なんだと、自分でわかっていることなのかなと、思うのです。

完璧になろうとすることより、自分の不完全さを受け入れるということですが、自分は不完全なんだとそう思えた時、不思議と人の不完全さも受け止めることができるようになったりします。

自分を許して、人を許すわけですが、自分への優しさというのは、誰かの優しさになるものだと思います。

言い方を変えると、自分に対する許容範囲というものが、イコール、他人に対する心の広さ・狭さになるのではないかな、と。

「あんなことを言わなければよかったな」
「言い過ぎてしまったな」

そう思ってしまった時も、後悔して、そこから何かを学ぶことはとても大事なことだと思いますし、反省することも大事なことだと思います。

ただ、反省を超えて、自分を責めたくなった時は、ぐっと我慢して、その自分の不完全さを受け止めてみることが、いつか、誰かへの優しさになったりするかも、知れません。

恐らく、優しさには順番があると思うのです。

そしてそれは、まず自分に対して・・でなければいけないのかも知れません。

人は、その時々で精一杯のことをしている

これは以前、少し書かせていただいたことがありますが、僕は、人というのは、多くの場合、その時々の自分なりに、精一杯のことをしていると思ってます。

「あんなことを言わなければよかったな」
「言い過ぎてしまったな」

そう思ってしまっても、そう言ってしまったのには、何か理由があったのかも知れない。

勿論、言わなければよかったのかも知れませんが、その時は、それが自分の精一杯だったのかも知れない。

それは自分のベストではなかったかも知れません。
自分の一番いい状態ではなかったかも知れません。

もっと違う言い方ができたかも知れない。
もっと、もっと・・・

ただ、それでも、その時は、精一杯だったのかも知れない。

「あの時、もっとこうすればよかったのかな。」

そんな風に後悔してしまうこともあります。

だけど、その時の自分には、その時の事情があって、その時はそれが精一杯だったのかも知れない。

あの時に戻ってもっと違うことが言えたらとか、もっと違う決断ができたらと、そう思うこともありますが、もし、もう一度、そこに戻っても、同じことを言っていたかも知れない、同じ決断をしていたかも、知れない。

それは、自分のベストじゃなかったかも知れないし、もっと別の何かがあったのかも知れないけれど、それは少なくとも、その時の精一杯だったのかも知れません。

もっとも、そうじゃないケースも、勿論あるかも知れません。だけど、多くの場合、人はその時々で精一杯のことをやっているものだと、思います。

特に、何度も何度も後悔して、反省して、それでも後悔が消えないと悩むような人は、とても真面目で、物事に真摯に向き合う方が多いように思います。

そんな人は、自分に厳しかったり、自分のちょっとした間違いを許せないこともあるかも知れませんが・・

ただ、「その時は、それが自分の精一杯だったんだ」と、時には、そんな風に自分を許してみることも大切なことかも知れません。

特に後悔が消えないような時には。

最後まで記事をお読みいただき、ありがとうございました。
感謝。