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才能が無いのに、努力するのは本当に無駄か

才能が無いのに、そのことに向かって一生懸命努力することは無駄か・・・

今回はそんなことについて考えてみたいと思います。

僕は無駄だとは思わないんです。

才能があるとかないというのは、人と比べてはじめて生まれてくる概念なのかなと、思います。

例えば・・・生まれてからずっと無人島で一人だったとします。

絵を描くのが好きで、絵を描いていたとします。

その時、自分に才能があるかどうかということは・・きっと考えないと思うんです。

才能があるのかないのかわからないけど、絵を描くことはきっとやめないと思うんです。何故なら、絵は好きで描いていることだから、描いていて楽しいから・・です。

何かに一生懸命になるには僕はそれだけで十分な理由になると思います。

才能がないから一生懸命努力するのは無駄だと思われるのは、その一生懸命になっていることが何かの形にならないなら意味がない・・・そういう思いがあるのかも知れません。

絵を描くことが仕事になった・・・それは素晴らしいことと思います。仕事にはならなかったけど、絵を描いている時間、すごく楽しい。

それもまた素晴らしいことではないかなと・・・思うんです。

例えば・・仕事になったとか、入賞したとか、他人から評価されたとか・・・そういう風に形にならないから無駄かというと、僕はそういう形になるものだけが、人生の喜びとか楽しみになるわけではなくて、むしろ、人生の喜びとか楽しみって、形のないものだったり、「あぁ、楽しい」とか「あ~嬉しい」とそう思ったその瞬間にあるように思うんです。

そしてそういう瞬間は、案外、特に意味や意義のないことの中で見つかることも多いように思うんです。

だけど、自分が「楽しいなぁ」とか「嬉しいなぁ」と思ったその瞬間にそれは「自分にとって」意味のあることになるというか。そんな気がします。

人と比べない生き方

人の生き方って色々あると思うんです。

人と比べて生きるのも1つの生き方かも知れません。誰かと比べて優れていること、人に勝つことを目的とする人生です。

その人生で必要なのは、人よりも優れた才能なのかも知れません。

だから、その人生を生きようと思ったら、才能がないのに努力を続けるより、その人の中で誰かに勝てる才能のある分野のことに一生懸命になった方がいいと思われるかも知れません。

僕自身、30代の前半まで、人よりも抜きんでなければだめだと思っていたし、何かを成し遂げることが人生では大事なことなんだと思っていました。

人と比べて切磋琢磨することも時に大切なことだと思うんです。
そうやって自分を磨くことだってできると思います。

だけど、人と比べて勝つことだったり、抜きんでることが生きる上で大切なことになった時、勝っている時はいいけれど、負けた時は落ち込んだり、自分はダメな人間なんだと思えて来たりして、苦しくなってしまいます。

勝って喜んで、負けて落ち込んで・・・そういう人生もありだけど、僕はそうやって人と比較して生きる人生が楽しめなくなったというか・・苦しくなってきたんです。

だから、僕は生き方を変えてみようかなと思いました。

これはこのサイトでは何度も書かせていただいてきたことですが・・・人と比べて抜きんでることを目指す人生ではなくて、楽しむことそのものを目標に生きる人生があってもいいのではないかなと。

その方がきっと楽しいはずだと思ったんです。

楽しむことそのものが人生の目標なので、好きとか楽しいと思えたことはやる意義もやる意味も十分あります。

例え、僕に才能がなくても、それが楽しいと思えたら、それが好きなら、僕はそれをやりたいし、そのことに一生懸命になってみたいです。

好きだから、楽しいから・・・僕はそれは何かに一生懸命になる最高の理由ではないかなと思います。

そして、好きなことに一生懸命になって、それを続けていった時、才能があってもなくても・・・不思議と何かが形になったりします。

最後まで記事をお読みいただいて、ありがとうございます。
感謝。