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優しい人とは?本当の意味で優しい人になるには何が必要か

優しい人とは、どんな人のことを言うのでしょうか?

優しいを辞書で調べると、こんな風に出てきます。

「1)姿・様子などが優美である。上品で美しい。「声が―・い」 2)他人に対して思いやりがあり、情がこまやかである。「―・い言葉をかける」 3)控え目に振る舞い、つつましやかである。」(デジタル大辞泉(小学館))

言い換えると、思いやりがある人、控え目な人、品がある人・・が優しい人ということになります。

ただ、この優しい人の定義とは別に、人から優しい人だと思われる人にはいくつかの特徴や共通点のようなものがあるようです。

今回はそんな人達の共通点や特徴を見てゆきながら、優しい人になるために必要なことについて考えてみたいと思います。

優しい人は、心に余裕がある人

優しい人は多くの場合、心に余裕がある人のようです。

優しい人は「思いやりのある人」なわけですが、その思いやりには、「他人や他人の心情に心を配る」という意味があります。

他人の心情に心を配る・・ということですが、人に心を配るには、配るだけの心の余裕が必要です。

心に余裕がないと、自分よりも相手のことを思ったり、相手のために心を配るなんてとてもできないと思うのです。

だから、優しい人になるには、心の余裕がなければならないのかも知れません。

人から優しいと思われる人は、そんな心の余裕を作るための工夫をしていることが多いようです。

言い換えると、自分の心に余裕を作ってゆくことが、優しい人になるための方法でもあるかも知れません。

優しい人は、都合のいい人とは違う

優しい人と都合のいい人にはちょっとした違いがあるようです。

都合のいい人は、相手が欲しているものを与えようとする人。

優しい人は、相手に必要だと思うものを与えようとする人。

どちらも与えようとする人で、その点に違いはありません。

ただ、ほんの少し違いがあって、優しい人の場合は、相手に必要なものを見極めようとすることが多いようです。

だから、相手に必要だと思ったら温かい言葉を掛けるけど、相手に必要ではないと思ったら、あえて手を貸さなかったり、あえて何もせず見守ろうとする勇気のようなものを持っているようです。

優しい人になりたいと思った時、自分の気持ちとは裏腹に、都合のいい人になってしまったり、利用される人になってしまうことがあります。

優しい人になるか、都合のいい人になるかの違いは、相手に必要なものを見極めようとするか、しないかの違いかも知れません。

優しい人は、好かれようとしない人

優しい人は、好かれたいという思いが他の人に比べると少し少ないようです。

どちらというと、好かれたいというより、好きな人のために何かをしてあげたいという思いが強いというか。

好かれたいという思いは恐らく誰もが多少は持っているもので、それは持っていて当たり前のものだと思います。

ただ、その気持ちが強くなり過ぎると、相手に必要なものを見極める余裕がなくなってしまって、うまくいかないことがあります。

ただ面白いのは、好かれたいという思いを少し手放して、何かをしてあげたいという思いの方を大事にしてみると、かえって人に好かれたりするということです。

とても不思議なものだと思います。

優しい人は、強い人

優しい人は心に強さを持った人のようです。

強さがないと、あえて見守ったりすることはできないように思います。強さがないと、あえて手を貸さないということもできないと思います。

また、優しい人は、「思いやりがある人」ですが、思いやりは、自分よりも相手のことを先に思うことができないと持てない心。

自分よりも相手を先に思うということは、心の強さがないとできないことだと思うのです。

優しい人は、厳しさを持ち合わせている人

優しい人は、「相手にとっていいことは何か」「相手に必要なことは何か」を考えられる人。

だから、先ほども書かせていただいたように、相手に必要だと思えば、温かい言葉を掛けようとするし、相手にとって良くないことだと思えば、あえて何も言わないこともある。

優しい人はある意味、そういった厳しさも持ち合わせているようです。

優しい人は、諦め上手

優しい人は、諦め上手であることが多いようです。

例えば、人間関係でも「こうであるべきだ」という思いを相手に対して持つ前に、「そういう人なのだ」と、相手をどうにかしようとすることがない。

ある心理の専門家の方が、「優しい人は他人を嫌いにならない。何故なら、嫌いになる前にその相手のことを『綺麗に見放してあげることができる』から」とおっしゃっていました。

優しい人は、相手を嫌いになるまで相手に干渉しない、と。

「そういう人なのだ」と相手を諦めるなんていうと、冷たいことのように聞こえてしまうかも知れません。

ただ、それは言い換えると、相手を相手のまま受け入れようとする、1つの優しさの形なのかな、と。

優しい人は、誰にでも優しいわけじゃない

優しい人を見ていると、誰にでも優しくしているわけではないことに気づきます。

もっとも、誰にでも丁寧に接する人が多いですが、優しさという意味では、使う相手や場所を限定しているというか、TPO(Time(時)、Place(場所)、Occasion(場合)の略)をわきまえていると言えばいいでしょうか。

優しい人は「思いやりのある人」ということでしたが、その思いやりは先ほども書かせていただいた通り、他人に心を配るという意味があります。

ただ、配る心も無限ではなく、それは有限のものです。

一度使ってしまうと、それが戻るまでに少し時間がかかってしまう。

だから、誰にでも優しくしようとすると、配るための心の余裕がすぐになくなってしまう。

優しい人が、誰にでも優しいわけではないもう1つの理由は、先ほどの、相手に必要なものを見極めるということが関係しているのかも知れません。

優しさが必要な人とそうでない人がいると思うのです。また、優しさが必要な時と、そうではない時があるというか。

だから、本当に優しい人は、誰にでも、またどんな時も優しいわけではないのだと思います。

優しい人は、人だけじゃなく自分にも優しい人

優しい人は、人に対してだけではなくて、自分にも優しいということが多いようです。

というのも、人にはどうも、自分に対してしていることしか、他人に対してはできないという、そんな特徴があります。

例えば、自分が仕事でミスをした時、「ミスすることもあるさ。反省することが大事だ」と自分を許している人でないと、他人がミスをした時、同じような言葉を掛けてあげることができないと思うのです。

自分に厳しい人は、他人にも厳しい人だったりします。

優しさも一緒なのかなと、思います。

自分に対しての優しさがなければ、相手に対して優しさを持つことはできないのかも知れません。

自分に優しくというと、どうしていいかわからなくなりますが、自分の大事な人に掛けるような言葉を自分に掛けてゆくというのも一つの方法かなと思います。

例えば、仕事が思うようにいかない時、「何やってるんだ・・ダメだなオレは」ではなくて、「そういう時もある。ここからもう一度はじめればいい」という言葉を自分に掛けてみたり。

そういう風に自分に向けた優しさが、いつか他人への優しさになるように思います。

優しい人になりたいと思う心は、本当に特別なもの

優しい人になりたいと思う理由は人それぞれだと思いますが、中には、人に優しくできなかったことを後悔してそう思う人もいるようです。

ただ、次は優しくしたいという思いがあることがもう、1つの優しさだと思うんですね。

優しくなりたいという思いそのものが優しさというか。そして、それが一番大事なものだと、僕はそう思っています。

優しい人になる方法や優しい人に近づく方法はあっても、優しくなりたいと思う方法はありません。

それは自分がそう思わないと思えないもので、そして、そう思えたことがとても特別なことではないかなと。

「優しい人」

それは本当は最高の誉め言葉なのかも知れないですね。

最後まで記事をお読みいただいて、ありがとうございました。