後悔と自己嫌悪を繰り返す自分を変える1つの方法
「なんであんなことをしてしまったのだろう?」
「なんであんなことを言ってしまったのだろう?」
そうやって過去の自分がしたことを後悔してしまうことがあります。考え出すともう止まらなくて、眠れなくなったり。そして、自己嫌悪に陥ってしまう・・。
でも、そうやって考えてもどうにもならないこと、過去のことだからこそ、余計苦しいのかも知れません。
後悔するのが人間らしさ
過去に後悔しなかった人・・・きっと誰もいないと思うんです。
誰もが、何度も後悔しています。
できるのにしなかったこと、怒りにまかせて言ってはいけないことを言ってしまって誰かを傷つけてしまったこと、人の期待を裏切ってしまったこと・・・例えば、そういうことってあると思うんです。
どうやったって、後悔はするものだと僕は思うんです。それはもしかしたら仕方のないことなのかも・・知れません。
人ってそんなに完璧ではなくて、間違いもするし、後悔だって勿論します。そうやって後悔したことで、もっと成長したいと思うことがあるし、そこで学ぶことだって沢山あると思うんです。
そうやって、時には後悔しながら自己嫌悪に陥ることもあるけれど、それでも生きてゆくのが人間らしさではないかと・・思うんです。
本来の自分と現実の自分とのギャップ
後悔や自己嫌悪のメカニズムというのは、本来の自分、もしくは理想の自分と、それができなかった現実の自分とのギャップを感じ、そこにストレスであったり、嫌な気分が生まれるから・・・なのかも知れません。
正しいこと、自分の中の理想としていることができなかった時に感じることが後悔だとここでは仮定してみます。
そうだとすれば、常に正しいことをしていれば、後悔はすることもないし、自己嫌悪ともさよならできます。
でも問題があります。
今、後悔していなくても、何年か経った後に自分の考え方が変わって後悔することも出てくるかも・・・知れません。そう思うと、何が正しかったかというのは、その時々によって変わってくるものだと思うんです。
自分が考える正しいことであったり、理想というのはその時々によって変化するものであるとすれば、今正しいと思って実践したことを後々後悔することもでてくるということだと思うんです。
人間万事塞翁が馬と言いますが、人生では何が幸いするかはわからないと思うんです。そして、何が正しいのかも本当はわからないものなのかも知れません。
後悔は反省するためにやってくる
人は成長するようにできているようです。
いつ成長するかというと、それは、失敗した時だと思うんです。後悔した時というのはそういう意味では成長する絶好のチャンスなのかも知れません。
後悔というのは、反省するためにやってくるものだと思うんです。
もっと言えば、ずっと後悔し続けている、自己嫌悪ばかりしている・・・というのは、反省材料がそこにあるのに、反省していないから・・・かも知れません。
後悔というのは反省して、それを実践した時、動き出した時に・・・薄れてゆくものだと思います。
そうやって失敗したり、後悔して、反省して・・・人は少しづつ成長してゆくのかも・・知れません。
後悔しないで済むならそれが一番かも知れません・・・だけど、後悔することは決して悪いことではないように僕は思ってます。
大事なことは後悔しないことよりも・・・後悔したことを受け止めて、今自分が何をするか・・・そういうことなのかなと思うんです。