断れない性格の自分や人に頼めない性格の自分を少し変えるには?
人から何かを頼まれると、本当は断りたいと思った時でも何だか断れない、嫌と言えない。
親しい人に対しても、そんなに親しくない人であっても、何かを頼まれたり、お願いされたりすると、相手に悪いなと思ってしまって、断ることができない。
そんなこともあるかも知れません。
ただ、そんな風にして自分をある意味、犠牲にし続けることに疲れてしまって、そして、そんな自分を変えたいと思われることもあるかも知れません。
もし、そんな風に思ってしまった時、どうやったら、断ることができない自分を少し、変えることができるでしょう?
何をどう考えたら、断ってもいいんだと思えるでしょうか?
また、そもそも断れない原因は何でしょうか?
今回はそんなことについて書いてゆきたいと思います。
また、今回は、人に頼めない、人に何かを頼むことがひどく苦手・・ということについてもその原因について、書いてみたいと思います。
「遠い過去の記憶」と「投影」が断れない、頼めない理由?
本当は断りたいけど、本当は気乗りしないけど、それでも断れない・・そんなこともあるかも知れません。
そして、そういう時があってもいいと思うのです。
毎回、断れなくてもいいし、時には、相手のために・・という時があってもいいのかも知れません。
それも1つの優しさではないかなと思います。
ただ、それが毎回のように続くということは、自分を犠牲にし続けているようなもので、そんな自分は少し、変えてゆけたらいいのかも知れません。
断ることができない理由というのも、恐らく、人によって様々だと思います。
だから、「これが断れない原因です」という1つのものはないのかも知れません。
ただ、今ここでいくつか挙げるとすると、「過去の記憶」と「投影」のようなものが、断れない原因、断ることへの恐れにつながっているようなケースもあるようです。
頼まれたことを断れない・・という人の中には、「断ることへの恐れ」のようなものがある方もいるかも知れません。
「断ることへの恐れ」があるのは、
断ると、相手に嫌な思いをさせてしまうのではないか
断ると、相手に嫌われてしまうのではないか
例えば、そんな思いがあるからであったり、断ることで、相手に嫌な顔をされることへの恐れのようなものがある・・ということもあるかも知れません。
また、人に頼むことができない、人に頼むことへの恐れがあるのも、
頼むと、相手に嫌な思いをさせたり、嫌な顔をされてしまうのではないか
頼むと、相手に嫌われてしまうのではないか
そんな思いが自分の中にあることが関係しているのかも知れません。
こういった思いは、遠い過去、例えば、子供の頃など、育った環境(親との関係など)の中で思わぬ形で手に入れてしまった、ある種の思い込みであることもあります。
それは色々な形で手に入れることがあって、遠い過去のことだったりすると、大人になってからでは、思い出せないこともあるかも知れません。
何かを何気なく親にお願いしたら、嫌な顔をされてしまって、親にそんな思いをさせてしまったんだと思って、それが人にものを頼むと嫌な顔をされてしまう(かも知れない)という思い込みにつながってゆくこともあります。
その思い込みを持ち続けて、大人になっても人に何かを頼むことが苦手な人になってしまうようなこともあるかも知れません。
または、子供の頃に何かを何気なく親にお願いしたら、嫌な顔をされてしまって、または、そのお願いしたことを断られたことで、自分が拒否されたと捉えてしまった・・ということも。
だから、自分が誰かのことを断れば、相手もそんな風に、拒否されたと思ってしまうだろう・・・だから、断れない。
そんなこともあるかも知れません。
自分が断れたことで拒否されたと思ったのだから、相手も同じように断られたら拒否されたと思うだろう・・・と思うことは、心理の世界では「投影」と呼ぶこともありますが、人は、自分が思ったことは、相手も(同じように)思うだろう・・・と考えてしまう特徴のようなものがあるようです。
もっとも、親に断れた子供が全員、断ることができない、または、頼むことができない人になるとは限らないわけで、ある程度、持って生まれた性格も関係しているのかも知れません。
例えば、敏感で真面目な性格ですとか、そういったことが関係していることもあるかも知れません。
敏感に物事を感じ取る人だから、そして、真面目な人だからこそ、相手の気持ちを察したり、相手の言葉を重く受け止めたりするのかも、知れません。
それは人間関係ではむしろ、とても大切なことですが、ただ、ネガティブな経験がそこに加わることで、その大切なはずの性格が場合によっては自分を苦しめてしまうこともあるかも知れません。
人を断ると、人に頼むと、嫌な思いをされるのではないかという思い
先ほど、「断ることへの恐れ」「人に頼むことへの恐れ」があるのは、断ること、頼むことで・・
・相手に嫌な思いをさせてしまうのではないか?
・相手に嫌われてしまうのではないか?
と思ってしまうから・・ということを1つの原因として、書かせていただきました。
ただ、
断ったら、相手に嫌な思いをさせてしまう
頼んだら、相手に嫌な思いをさせてしまう
・・というのは、実は真実ではありません。
これは思い込みの一種です。
思い込みとは、偏った考え方のことになります。
断ったら、相手に嫌な思いをさせてしまう
・・ということですが、断ったら、嫌な思いをする人も中にはいるかも知れません。だけど、断っても、嫌な思いをしない人も世の中にはいます。
つまり、断ったら、相手に嫌な思いをさせてしまう・・とは限らないということだと思います。
断れれたら、拒否されたと思うだろう・・・というのも、これも思い込みになります。
そういう人もいるかも、知れません。だけど、断れても、拒否されたとは思わない人もいます。
断ることができない、人に頼むことができない自分を変えるには・・という今回の記事のテーマに戻りますが・・
人に言われたことをどんどん断れる人になんてなる必要はないと思うのです。人にバンバン頼むことができる人になんてなる必要もないと思います。
時には、断れないことがあってもいいし、時には、人に何かを頼めない自分がいてもいいというか。
ただ、断ることへの恐れ、何かを頼むことへの恐れのようなものがもし、自分の中にあれば、それを少し手放すことができると、色々な意味で自分が楽になれるかも知れません。
その恐れを手放すためには、自分の中にある思い込みを見つけて、それが思い込みであると自分自身で認識することが大切なステップになってくるように思います。
思い込みが恐れになっているのは、それを思い込みだと認識できていないためです。
思い込みは、先ほども書かせていただきましたが、偏った考え方になります。
断られたら、嫌な思いをされるのではないか?という考え方は、嫌な思いをしない人もいるかも知れないという可能性を考えていませんので、偏っています。
断れない、頼めないと思ってしまう背景に、何か思い込みがないかどうかと考えて、そして、その考え方が偏っていると自分で認識することができると、一気にその恐れを手放すことに近づくと思います。
思い込みを手放す簡単なやり方は?
さて、そうやって、思い込みを見つけたとします。
その思い込みですが、どうやったら少し、手放すことができるでしょうか?
それには実は簡単な方法があります。
これは自分を苦しめる考え方を変える方法、感情は思考の後についてくるでも書かせていただいたやり方ですが、(今の大人になった自分の視点で)「本当にそうだろうか?」と考えてみる・・ということになります。
「本当にそうだろうか?」
・・と自分に問いかけます。
脳は、答えを出すのが得意で、問いかけには非常によく反応してくれます。
「本当にそうだろうか?」
そう自分に問いかけると、本当にそうなのかどうかを検証するために、それ以外の可能性を探る必要が出てきます。
だから、「断ったら、相手に嫌な思いをさせてしまう」ということも・・
「本当にそうだろうか?」
・・と考えると、嫌な思いをしない人がいる可能性も頭に浮かんできたりします。
「本当にそうだろうか?」
・・と問いかけると、感情や過去の記憶からではなく、理性で物事を考えられるようになって、思い込みに気づけたり、思い込みを手放せたりすることがあります。
断ることで見えてくる、本当の関係
ここまで断ることへの恐れ、人に頼むことへの恐れについて見てきました。
少し話が変わりますが・・断ることで、または、頼みごとをすることで、その相手との本当の関係性が見えてくることもあります。
断ることでがっかりする人もいるかも知れませんし、その一方で、断ってもそのままでいてくれる人もいます。
多くの場合、大人であれば、自分にも、そして、相手にも、事情があるということは理解しているものだと思います。
断っても、そのままでいてくれる人、そのまま何も変わらないでいてくれる人は、そんな相手の事情を理解してくれる人、言い換えると、相手を尊重してくれる人なのかも、知れません。
相手を尊重してくれる人は、断られても、ガッカリしたりはしないもので、そういう意味では、断ることで、相手の本質であったり、または、相手との本当の関係が見えてくる・・ということもあるかも知れません。
断るということに対する捉え方を変えてみる
最後にもう1つ、断ることができない時は、どうしたらいいか?ということについてご紹介したいと思います。
断ることができない時は、断るということに対する捉え方を変えてみるのも1つの方法かなと、思います。
例えば、断るということを相手を「拒否」するということ・・と捉えているとなかなか、断れないと思うのです。
ただ、それも1つの「捉え方」です。他にも断るということの捉え方はあるかも知れません。
ですので、その断れない理由になっている「捉え方」を自分なりに変えようとしてみてもいいかも知れません。
ここでいくつか例を挙げると・・・
断るということは、自分の事情を相手に伝えるということ
断るのは、相手との関係を続けてゆくためにすること
断るのは、自分にも相手にも誠実であるためにすること
そんな捉え方もあるかも知れません。
断るということは、「相手を拒否すること」という捉え方ではなく、「相手に自分の事情を伝えるということ」なんだという捉え方もありますし・・
断るということは、無理を続けたり、自分を犠牲にして、自分がその関係に疲れてしまわないために、「相手との関係を続けてゆくためにすること」なんだという捉え方もあるかも知れませんし・・
断るということは、「自分にも、相手に対しても、誠実であるためにすること」なんだ・・という捉え方もあるかも知れません。
そんな風にして、断るということへの捉え方を変えてみるのも、断れない自分を変えてゆくためには、よい方法かも知れません。