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男女間や友達との心のすれ違いを感じた時にできること

彼氏や彼女と、または夫や妻であったり、親友と・・・であったり、そんな自分にとても近い人と何かのきっかけですれ違ってしまうようになることがあります。

そんな時に関係を元通りに戻してゆくのはとても大変なことだったりします。

すれ違ってしまう原因はその関係によっても全く違っていて、こうすればすれ違うことはなくなる・・・なんてことはなく、また、一度もすれ違わない関係なんてものは、そもそもないのかも知れません。

ただ、すれ違いを感じた時にできることは何もないかというと、そうではないのかも知れません。

今回はそんなことについて少し考えてみたいと思います。

相手の本当の気持ちは評価を手放すと見えてくる

突然ですが、相手の本当の気持ちは評価を手放すと見えてくる・・・ことがあるかも知れません。

これはどういうことかという話の前に・・・

すれ違ってしまう時は、きっと相手の気持ちがわからなくなっている状態が多いかと思います。お互いに。

相手の気持ちがわからなくなると、不安になって、悪いことを想像してしまったり、または相手が言ったことなどに対して、「自分のことを全く考えてくれていない」・・・と、決めつけてしまいたくなったりするかも、知れません。

そうなると、お互いが自分を守ろうとしてしまって、余計相手の気持ちが見えなくなってしまうこともあります。

そんな時は少し自分を守ることをやめてしまって、相手の気持ちを知ろうとするところからはじめてみてもいいのかも、知れません。

じゃあ、どうやったら相手の本当の気持ちが見えてくるのか・・・ということですが、それは先ほど書かせていただいた、「評価を手放す」ことで見えてくることがあるようです。

人は自分のフィルターを通して人の話を聞いている

評価を手放して、相手の話を聞くと、相手の本当の気持ちが見えてくる・・・

人は多くの場合、自分というフィルターを通して、物事を見聞きしているようです。

例えば、失恋をテーマにした映画を100人の人に観てもらうとします。

全く同じ映画です。

全く同じ映画なのに、「面白かった」「悲しい気持ちになってしまった」「感動した」「お金の無駄だった・・」・・・という風に感じ方が分かれてしまったりします。

それは自分というフィルター、またはメガネのようなものを通して、映画を観たから・・・かも知れません。

海に行って、海風が心地いいと感じるのも、日焼けしそうで嫌だなと感じるのも自分というフィルターを通しているから・・・です。

海は海ですが、それをどう見るか・・・は自分次第なわけです。

先程の映画の話も、映画の作り手は、失恋ということをテーマにすることで、今の恋人、または、これからできる恋人を大切にして欲しい・・・例えば、そんな意図(本当に伝えたいこと)があったとします。

だけど、自分というフィルターがあると、「悲しい映画」・・・ということだけで終わってしまうかも知れません。

人は自分のフィルターを通して人の話を聞いている・・・という話に戻りますが・・・・

例えば、恋人の話も、自分というフィルターを通して聞いていることもあるかも、知れません。

自分というフィルターは、過去の自分の体験などから作られたもので、人は何かを見聞きする時にそのフィルターを通すことで何かしらの評価を加えていると言われています。

その自分の過去の体験から作られた自分のフィルターを通して、何かしらの判断、もしくは評価を加えるということを無意識にやっていることもあるようです。

ニュースを見たとします。

もし、そのニュースで言っていることに自分のフィルターがなければ、「へぇ~、そういうこともあるんだ・・」と思いながら見るかも知れません。

ただ、殆どの人は自分というフィルターがあるので、そのニュースに何かしらの評価(判断)を加え、その結果として、自分が何かを感じ、そして、考え(思考)が浮かんで、感情が湧いてくる・・・

その見聞きしたものに自分のフィルターが加わった場合は・・・そんな流れるなることもあるかも知れません。

フィルターを外してみる

さて・・・本題の前に話が長くなりましたが・・・

自分の大事な人とのすれ違いが多くなってきたと思った時は、自分はフィルターを通して、相手を見ていないか、相手の言っていることに評価を加えたりはしていないか?

・・・と自分に問いかけてみます。

そして、次から相手の話を聞いたり、相手のことを考える時は、一度、「評価や判断を一切加えずに」相手の話を聞いたり、相手のことを考えてみます。

例えば、相手が何かをしてくれたとします。

そんな時、「わたしが○○があまり好きじゃないって知ってるくせに・・(わたしのこと本当に考えてくれていない)」と思うのは、自分というフィルターを通していることになります。

相手のやったことをここでは「判断」しているわけですから・・

そうではなくて、まっさらな気持ちと言いますか・・・良い悪いを捨ててしまって、ただ、相手の話を聞く、相手を見るようにしてみます。

それは言い替えると、主観的ではなくて、客観的に相手を見ることと似ていて。

自分の主観を捨てて、フィルターを捨てて、相手のことを見たり、聞いたりしようとすると、「この人ならそうするのだろうな」「この人なら、そう考えるんだろうな」・・・と思えてくるかも知れません。

相手の気持ちになって考える・・・ということが大事なことはわかっていても、なかなかできないのは、自分というフィルターが邪魔をするから、なのかも知れません。

フィルターを外して、相手を見てみると、もっと違ったものが見えてくることがあります。

例えば、相手の本当の気持ちとか。

この自分のフィルターというのは悪いことばかりではなくて、そのフィルターが自分らしさにもつながってゆくものだと思うんです。

ただ、フィルターは評価や判断につながっていて、それが対人関係では一歩間違うとマイナスに働いてしまうようです。

また、そのフィルターは人によって違っていて、特に男性と女性ではフィルターの仕組みそのものが大きく異なっていることが多く、それが心や気持ちのすれ違いになることがあるようです。

 

もっとも、そうやって自分のフィルターを外して相手の話を聞くことは(特に自分に近い関係の人が相手の場合は)大変なことで、訓練が必要です。

また、それがたとえできたとしても・・・すれ違いは100%解消しないかも、知れません。

ただ、少なくとも、すれ違ってしまって、もう一度元の二人に戻りたいと思った時は、自分のフィルターを外して相手と向き合ってみる価値はあるのかも知れません。

最後まで記事を読んでいただき、ありがとうございました。
感謝。