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傷つきやすい性格を直すには?傷つきやすい原因についても

人間関係で、ちょっとしたことに傷ついてしまう。

人のちょっとした言葉であったり、そんなことに傷ついてしまう性格を直したいと思うけれど、なかなか直らない。

そんなこともあるかも知れません。

「性格」を直すというと、何だか難しいことのように思えてしまうかも知れません。

ただ、性格とは、習慣が束になったもの・・という風に言われることがありますが、習慣であれば、変えることができるかなと・・思えてくるかも知れません。

そして、傷つきやすいというのは、そういった自分が無意識でやっていることや、習慣、または心の癖のようなものが原因となっている場合もあるように思います。

今回は傷つきやすいということについて、その原因、そして、直し方について見てゆきたいと思います。

傷ついて当然、ということだってある

傷つきやすい性格はどうやったら直すことができるか?というお話の前に・・

人に何かを言われて傷つくのは、色々な原因があると思います。

そして、中には、例えば、悪気はなくても心無いことを言ってくる人もいるかも知れません。

そういった言葉に傷ついてもいいと思うんですね。

傷ついて当然・・ということだってあると思います。

何を言われても、傷ついたりしないで、いつでもポジティブで、笑っていられる人になる必要はないように思うのです。

傷つきやすい自分を変えてゆくにしても、「全く傷つかない自分」を目指す必要はないように思います。

傷つくから、自分を守れます。傷つくから、この人(自分を傷つける人)からは離れようと思えるわけです。

だから、傷つくことは悪いことばかりではないように思います。
それは必要なことでもあると思うのです。

ただ、傷ついてばかりだと、自分が辛くなってきますし、人間関係にも支障が出てくるかも、知れません。

ですので、そういった部分に関しては少しでも直してゆけたらいいのかも知れません。

傷つくことを少し肯定しながら、適度に自分を守りながら、適度に傷つかない自分になれたらいいのかも知れません。

自分を受け入れると傷つかなくなる

さて、前置きが長くなりましたが、傷つきやすい自分を変える、直すためにできることの1つ目が自分を少しづつ受け入れてゆく、ということだと思います。

これはどういうことかと言うと、自分の強い部分だけではなくて、自分の欠点であったり、自分が自分でダメだなと思うような点であったり、情けないなと思うような点も含めて・・ということになります。

でも、何故そんなことが傷つかない自分につながってゆくのでしょう?

人に何かを言われて傷ついてしまう理由の1つは、その言われた何かについて、自分自身で客観的に見ることができていないから・・かも知れません。

例えば、自分には対人関係でどうしても積極的になれず、消極的になり過ぎて、言いたいことが言えない・・というところがあって、それが自分の欠点だと思っていたとします。

だけど、そう思われるのが嫌で、そういうところを見せないように、隠そうとしていたとします。

そんな時、「言いたいことをはっきり言えない人」なんて言葉を掛けられたとしたら、傷ついてしまうと思うのです。

それは自分で、そう気づいていながら、それを隠そうとしていたから、自分で自分のそんなところを客観的に見ることができていなかったから・・・かも知れません。

だけど、もし、自分は言いたいことを我慢してしまうところがあるけど、「今はそんな自分でもいい」と、自分を客観的に捉えて、そして、受け入れてみると・・

「言いたいことをはっきり言えない人」と言われても、「そうだね(笑)」なんて言って笑ってスルーできるかも、知れません。

それは、自分で自分のそんなところを受け入れているからだと思うのです。

自分を客観的に分析できていると、人の評価に一喜一憂しなくなる

自分を客観的に捉えて、受け入れる・・・と先程は書きました。

人は自分のことを客観的に見れていると(分析できていると)、人の評価というものに一喜一憂しなくなるようです。

例えば、絵を描くのが好きで、自分が描いた絵をどこかの展覧会に出品したとします。

その展覧会に設置されたアンケートBOXに、自分が一生懸命思いを込めて描いた絵に対して、「色の使い方をもう少し改善できたらいいですね」という感想が寄せられたとします。

こんな時、このコメントに傷つく人と、そうでない人にわかれると思います。

その違いは、自分の絵を客観的に捉えているか、そして、それを受け入れることができているか?ということかも、知れません。

どういうことかと言うと、例えば、自分の絵を誰かの視点になって客観的に見て、「この色の使い方がもう少し改善できたらいいな」と分析できていたとします。

そして、まだ色の使い方に改善の余地があるということを自分で受け入れていたとします。

すると、「色の使い方をもう少し改善できたらいいですね」に対して、「その通りだな」と思えると思うのです。

例えば、自分の絵を客観的に分析していて、色の使い方は完璧ではないけれど(改善の余地はあるけど)、「今はこれでいい」と思えていたとします。

そんな時、「その色の使い方は間違っている」というコメントがきたとします。

その時、「この人はこう思うのだろうな」(だけど、今はこの色の使い方でいい)という風に、これもまた、傷つくことなく、スルーできるかも、知れません。

それは何故かと言うと、「自分でわかっているから」だと思うのです。

自分で客観的に自分を見ていて、分析していて、そして、それでも今はいいと受け入れることができているから・・人に図星をつかれても、「そうかもな」と思えるし、見当違いなことを言われても、「ははは(この人はおかしなことを言うなぁ)」と自分の問題として捉えずにスルーできるわけです。

これがもし、自分の絵に対して客観的に見れていなくて、誰かに評価してもらうことで、これでいいんだという安心感のようなものを手に入れようとしていると・・・

褒められた時はいいのですが、マイナスな評価をされた時にそれをそのまま受け取ってしまって、傷ついてしまう・・・ということもあるかも知れません。

こんな風にして、自分で自分を客観的に捉えて、それを受け入れるようになると、人の評価というものには、それほど、一喜一憂せずに済むようになるのではないかなと、思います。

ただ、自分を客観的に捉えることであったり、自分の欠点を「今はそれでいい」と受け入れることは勇気がいることだと思います。

自分を客観的に捉えるということは、自分の欠点と正面から向き合うことでもあると思います。

それは勇気がいることだと思うのです。

だけど、そういった(自分が思っている)自分の欠点から目をそむけないで、客観的に見て、そして、「今はそれでもいい」と受け入れてみた時、ちょっとしたことでは傷つかない自分になれることもあります。

自分を守ることをやめると傷つかなくなる

冒頭で、傷つく・・というのは、自分を守っているということでもあると思いますと書きました。

自分を守ることは大切なことでもあると思います。

ただ、自分を守ろう、守ろうとする気持ちが強くなりすぎると、ちょっとしたことでも傷ついてしまいやすい自分になってしまうことがあります。

傷つくというのは、イコール、自分を守っているということでもあるので、自分を守ろうとするほどに、傷つきやすい自分になってしまうのです。

こんな時は、何をしたらいいのでしょう?

どうしたら、自分を守ろう、守ろうとすることを少しでも、やめることができるでしょう?

こんな時は、自分がしたいことの反対のことをしてみるといいかも知れません。

つまり、自分ではなくて、誰かを守ろうとしてみるのです。

誰かを守ろうとしてみる・・というとちょっとわかりにくい表現かも知れませんが、自分が相手よりも少し大人になってみるということもそうです。

誰かを守るというのは、誰かを包み込むということでもいいですし、自分が相手よりも少し大人になってみることでもいいと思います。

同じ言葉でも、子供に言われると傷つかないけど、同じ大人に言われると傷つく・・・ということはありませんか?

子供に言われて傷つかないのは、相手が子供だと思っているから。

つまり、自分の方が大人で上の立場だと思うから、傷つかないのだと思います。

ところが、全く同じことを言われても、相手が同じ大人だったりすると、途端に傷ついてしまうことがあるかも知れません。

こんな時には、自分が相手よりも大人になろうとすることで、相手の言っていることが例え、心無いことだったとしても、相手は子供なんだろうと思ってみた時に、「子供だな。仕方がない」と、その心無い言葉をスルーできるかも、知れません。

このケースでは、言ってみれば、大人になって子供を守ってあげたような形かも知れません。

どんなやり方でもいいのですが、自分を守ろうとすることをやめて、相手を守ろうとしてみることで、傷つくことが減ってゆくということがあると思います。

事実と思い込み

少し話は変わりますが、人に言われたちょっとしたことで傷ついてしまう・・という場合、そこに「思い込み」が関係しているケースもあります。

例えば、「相手はこんなことを言いたかったに違いない」とか、「相手は自分のことが嫌になったに違いない」という風に、思い込んでしまって、そして、傷ついてしまう・・というケースです。

相手の言った言葉を、自分の中で変換してしまって「~に違いない」と思ってしまう・・というか。

それはつまり、思い込んでしまう・・ということですが、思い込みが多くなってくると、傷つきやすくなってしまうことがあります。

こんな時は、思い込みを少しでも手放してしまうと、傷つくことも減ってゆくかも知れません。

もし、自分は思い込んでしまうことが多いと思った場合、どうしたらいいでしょう?

思い込みとは、言い換えると、1つのことしか考えていない状態で、柔軟性に欠けている状態です

こんな時は・・

「本当にそうだろうか?」と自分に問いかけてみます。

人の脳は問いかけに反応する(答えを出す)のは得意で、「本当にそうだろうか?」と問いかけられると、「本当にそうなのかどうか」の答えを出すため、他の可能性を勝手に探ろうとしてくれます。

すると、あの人はもしかしたら、自分が嫌になってあんなことを言ったのではなくて、こんな意図があったのかも知れない・・という風に別の可能性が浮かんできたりします。

別の可能性が浮かんできたということは、考え方に柔軟性が出てきたということです

こうやって自分の考え方に柔軟性を持たせてゆくと、思い込みも減ってゆき、それが結果的に傷つきにくい自分にしてくれることもあるのではないかなと、思います。

繊細な性格は欠点ではなくて「長所」

傷つきやすいのは、繊細な性格だから・・・そんな風に言われることもあります。

確かに、そういう一面もあるかも知れません。

繊細だったり、色々ことに敏感だったり、色々なことに気づいてしまったりする。

だからこそ、色々なものを受け取り過ぎてしまって傷ついてしまう人もいるかも知れません。

そして、それは多くの場合、欠点のように思われてしまうけれど、僕(筆者)はそうは思っていません。

繊細な人だからこそ、色々なことに気づくことができる人だからこそ、できること、そういう人でなければできないことが沢山あると思うのです。

相手の気持ちがわかるからこそ、傷ついてしまうこともあるかも知れないけれど、相手の気持ちがわかるからこそ、寄り添ってあげることもできる。

そういう意味で、繊細な性格は排除すべきものではなくて、本当は生かすべきものではないかなと、思うのです。

最後まで記事をお読みいただき、ありがとうございました。