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相手を許したいのに許せない。そんな時にできる2つのこと

例えば、誰かに言われた心無い一言がひっかかってしまって、どうしても相手が許せない・・・そんなことももしかしたらあるかも知れません。

信じていたのに、裏切られてしまったり。
恩を仇で返してくるような人も、もしかしたらいるかも知れません。

そんな時に、そういう人もいるんだなと、笑ってスルーできたら一番楽なのかも知れません。

だけど、そう思ってみても、本当は相手を許した方が自分が楽になれるのだろうと思いながら・・・やっぱりどうしても許せないこともあると思うんです。

今回はそんな時にできることについて少し考えてみたいと思います。

許すこと。だけど、相手は許さなくてもいい

相手に対するマイナスな感情、気持ちにストップをかけるには、許そうとしてみること・・・なのですが、それが難しかったりします。

だけど、許せない気持ちでいることは、自分の中でマイナスなエネルギーを作り続けているようなもので、自分がどんどん疲れてゆきます。そうなると、さらに許すことが難しくなってゆきます・・

そうならないためには、やっぱり許すしかないのかも知れません。

だけど、許すのは相手ではなくてもいいのかも知れません。
許すという行為そのものが、許せない気持ちにストップをかけてくれます。

だから、許すのは何もその相手ではなくてもいい。例えば、自分でもいいと思うんです。許すのは。

例えば、許せなくなっている自分を、「それでいい。許せなくていい」と許してみる。

何だかおかしな話かも知れませんが、だけど、そうやって相手を許せなくなっている自分を「許さなくてもいい。あんなことをされたんだから、怒るのも無理はないよ」と自分自身を許してみる。

すると、気持ちが少し楽になれたりします。

ただ、強い気持ちはそんなにすぐにはなくなったりはしないもので・・・また、許せない気持ちがやってきます。

その時はまた、その時の自分を許してみます。

「許せなくても大丈夫だよ。怒ったっていいよ。」と自分を許してみます。すると、また、少し気持ちが楽になれたりします。

そうやって、少しづつその時々の自分を許してゆきます。

大事なのは許すことなので、許す相手が自分自身でも、自分の許せない気持ちはどんどん楽になれます。

それを続けてゆくと、最後には「もういいかな、相手にかまっている時間が勿体ない!もっと大事なことにこのエネルギーを使おう!」・・・例えば、そんな風に思えてくるかも、知れません。

本当は、何かその相手の言ったこと、やったことに対する納得できる答えを見つけることができたら、一番いいのかも知れません。

だけど、それが例えできなくても、自分を楽にすることはできるものだと思いますし、形は違っても自分の気持ちが楽になってゆくと、色々なことが自然と許せるようになったりします。

だから、自分の気持ちを楽にすることは何より大事なことだと思うんです。

誰かを許すと自分のステージが一つ上がる

そうやって自分を許していると、不思議と相手も許そうと思えてくる瞬間がやってくることもあります。

もっとも、誰でも何でも許した方がいいわけじゃないと、思うんですね。

許せないことがあってもいいと思いますし、そんな許せないことは誰にでもあるものだと思います。

ただ、もし許した方が自分のためになると思えることなら、それは許した方がいいのかも知れません。

またおかしなことを言うようですが、誰かを許すと自分のステージが一つ上がる・・・どうもそんな風にできているようです。

自分を磨いて、自分を成長させてゆくと自分のステージ、もしくは人としてのステージが上がって、その瞬間から、それまで自分にとって悩みだったことが悩みではなくなったりします。

許した方が自分のためになると思いながら、どうしても許せないでいる何かというのは、そういう意味では、自分にやってきた(今のステージの)卒業試験のようなものなのかも知れないなと、僕はそんな風に思っています。

それでも、どうしても許せない時には?

少し話が変わりますが、許したいけど、許せないという時、自分の中に怒りが湧いてくることがあります。

怒りの原因と「期待」について。怒りは第二の感情?でも書かせていただきましたが、その怒りの裏には何か、例えば、悲しいという感情があるのかも知れません。

それは、(自分を)大事にされなかったという思いであったり、それをわかって欲しいという思いであったり。

許せなくなってしまったのは何か事情があったからで、そして、許せない時は、冒頭でも書かせていただきましたが、それでいいと思うんです。

許せなくてもいいと思うんです。

そうやって許せなくてもいいと自分を許すことが不思議と、誰かを許せる心に変わってゆくこともあるもので。

ただ、それでもどうしても許せなくて自分が苦しくなってしまった時には、先ほどの2つの思いを手放す必要があるのかも知れません。

大事にされなかったという思い
わかって欲しいという思い

この2つを持ち続けている限り、たとえ、許したいと思っても、許せないのかも知れません。

そんな時はこの2つの思いをどこかでいつか、手放す必要があるのかもしれない。

それは勇気が必要なことだと思います。

ただ、手放そうと思った時、心は自由になれることがある。手放した時、心は一気に楽になれることがあります。

だけど、そのためには大きな勇気と心のエネルギーのようなもの、心の余裕のようなものが必要なのかも知れません。

後者の方、心のエネルギー、心の余裕は誰かを許す力になります。

だけど、どうやってその心の余裕を手に入れたらいいのか?

・・ということですが、そのためには、自分が笑って暮らしてゆく必要があるのかも知れません。

つまり、自分がこれから幸せになってゆくこと、笑って暮らしてゆくこと、そのために自分の力を使ってゆくと言いましょうか。

許せない相手のことを考えるのは大きなエネルギーがいるし、色々なものを消耗します。

その力を今度は自分のために使ってみるというか、自分が幸せでいるためにできることをやってゆく、そのために一生懸命になってみる。

許せない人がいたとしても・・そういうことは実践できるかも知れません。

そうやって、自分がこれから、今よりも幸せになることが僕は何よりも大事なことではないかなと思いますし、そうやって笑って暮らすこと、幸せだと思えるために自分ができることをやってゆくことが、心の余裕に変わってゆくと思うんです。

そして、その心の余裕が、許したい人を許す力になってくれるのではないかなと、そう思っています。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
感謝。